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Posted by - 2017.04.27,Thu
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Posted by LittKidd - 2009.06.09,Tue
とうとう家が建ったので、先々週末に引越した。33年間で11回目。夜逃げの連続のような暮らしをしてきたので、人よりは多いほうかも知れない。

一体どこから湧いてきたのか、溜め込んだ覚えのない山のような荷物を、トラック転がして粛々と運ぶ。雨にも降られ、ずぶ濡れ、気分はちょっぴりハードボイルド。ふだんマウスより重たいものなど持たない人間だから、こうゆうちょっとした作業であたかもワンダランドかのような非日常な気分になれるところ、我ながら安上がりに出来ていると思った。

しかし、モノは少ないに限る。今回つくづくそう思った。収集癖みたいなものがほとんどない、と自分のことを考えていたけど、出るわ出るわ、余計なモノ、でも捨てられないモノ、役に立たないけどこれはとっておいた方がいんじゃないか…みたいな優柔不断が結晶化してホコリかぶってるみたいなモノたちがごろごろ出てくるのである。

…なんか引越しにおける感慨みたいなのを書こうとしてたけどものすごくどうでもよくなってきた。実際大した感慨もないんだよな。いまだに後片付けで忙しいし、要るモノが出てこないし。結論、引越しメンドイです。筋肉痛はなかったけど水曜ぐらいまで異常に疲れた。本は61冊¥840で処分(文庫率高)。
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Posted by LittKidd - 2009.06.09,Tue
『阿佐ヶ谷腐れ酢学園』『世界の孫』のマンガ家SABEが亡くなった。今知って、愕然としている。HP

描線のきれいなブルマ絵と、病んだセリフ廻しの、あり得ないくらいバカなキャラしか出て来ない独特のマンガが好きだったのだが…。41歳は若過ぎる。もっと単行本買えばよかった。好きなんだから、もっと売り上げに貢献するべきだった。ごめんなさい…こういう後悔は、本当に辛い。くそ。

ご冥福を、心からお祈りします。
Posted by LittKidd - 2009.06.06,Sat
亀有で。駅を出て劇場のあるアリオまで歩く途中、知らないおじさんに「よっ食いしん坊!」と声をかけられる。だから初対面で核心を突かないでほしいんすけど!大体レディに失礼よ!食いしん坊とは何事よ!最近こうゆう輩が多いんだからもぅ。

ターミネーター・サルベーション。略してT4の感想です(ネタバレ)。

『宇宙戦争』と『トランスフォーマー』を足して薄くした感じ。でもそれはそれで格好の良いアクションになっていて、「良いトコどりをした」と言える完成度だと思う。冒頭(アバンタイトル後)の敵基地襲撃でもう、テンションが上がる。巨大構造物に身を投じるジョン・コナー、その後マーカスが訪れる破壊しつくされたLA、という流れで、「これは良いディストピアだ」と思えた。初めてなわけですよ、「審判の日」以降が、その細かい部分まで克明に描かれたのは。その画の荒廃っぷりにあれだけの説得力があった、ていう点、まずそこを評価したい。その上で、カメラ動かしまくりの爆発だらけのアクション大会なのだが、この運動神経が相当いいと思った。前から4列目の鑑賞だったんだけど、大画面であれだけのスピードと解像度の高い動きを見られるのって、一種の幸福だ。個人的には映画自体超久しぶりだったので、堪能した。

コナーとマーカス交互の展開で、アクションの連続に無理がない構成。でもひたすらの爆音に、飽きては来る。「これ、ターミネーターか?」って感じにもなる。だから終盤でT-800が新型として出てきて、「やっぱ怖いわコイツ」となるのはいいと思った。シュワちゃん出演もアリだと思う。『ベンジャミン・バトン』の若ブラピと違って、こっちのCGにはシリーズの顔登場、ていう意味がある。もちろん話題作りのひとつじゃあるんだろうけど、無茶な流れとは思わなかったね。公開前に発覚、はあざといけど、サービスの一環として普通にまっとうな範囲。

人類の状況は、この後10年かそこらでタイムマシンが開発されるとは思えないよね。その技術は人類が生み出すのか、スカイネットが生み出すのか(“1”を観直したら、スカイネットが開発した旨のカイルのセリフがありました)。今後のシナリオに影響の大きい部分。そこに絡むのかはわからないけど、マーカスという外挿は、SF的にひとつの可能性を感じさせるものではある。「不確定要素の出現で未来は変わる」みたいなことは結局2からすでに言ってることであって、マーカス参入は、人類にとっては新しいテクノロジーを手にしたことにもなる。あとそもそものターミネーターの設定って、言っちゃえばバック・トゥ・ザ・フューチャーと同じ単純なタイム・パラドックスの話で、別にたいしたことを言ってるわけではなかった。そこを破綻させずにうまいこと(行くかどうかはわからないけど)膨らましていけるか、というのが、むしろ今後の見どころになったわけです。今作でその辺が納得いかない場合、こういうふうに考えることも可能。

そもそも「3の正式な続編です」で始まった時点で、七割方負け戦なわけですよ。「審判の日があった」という前提で話が進む以上、それ以前の話をやったってもう仕方がない。じゃあそこから変えてくために、てコトで舞台をジャッジメントデイ「以降」にし、タイムトラベルの解釈も以降で(たぶん)変えてきたりするという。そういうところが「仕切り直し」な部分だと思うのね。初っぱなで全部説明出来なかったのは不備だろうけど、復活第一弾なら整合性より見せ場だろ!という意気でこういう仕上がりなんだとしたら、それはぞれで納得できるものじゃないだろうか。娯楽映画だし。ま、次を観てみないと何とも言えないですが。

何の為に捕虜とってるのか、現時点でスカイネットがカイルを狙う意図は?っていうのは以上の理由から、単純に次に持ち越しなんだな、と思って俺は観てた。あとT-600のボロさ具合から、T-800の開発まで相当なスパンが空いてる、という描写がされたと思ったのね。意外に開発スピード遅いわけです、スカイネット。それがT-1000とかまで作るくらいの間戦ってる、ていうのは、相当追い込まれている、というか拮抗している。だからこそのジョンコナー狙い、というのがシリーズのバックボーンなんだけど、タイムトラベル話のふくらませ方次第で、以降のジョンという特異点の扱われ方はどういうふうにもなりうるんだよね。現段階では、(電波使って、だけど)総攻撃かければ主力を沈黙させうるだけの火力と人員が人類側にある、というのは、けっこう拮抗してるという証左になると思います。ハンターキラー(だっけ。戦闘機)も撃ち落としてたし、組織VS組織で見ると、意外に人類押してんじゃね?というふうにも見れなくはない。

ジョンが電波作戦使わなかったのは、失敗して「罠だった!」ていうシーンは単純に二つは要らないからじゃ?ジョンがやるとかっこ悪いし、ラストのテンションのはりが緩むから、って気もする。カットされた可能性も。

ジョンとカイルを殺すチャンスはありまくりだった。そして総本山でターミネーター一機しか出てこないし、手ぶら。これは…映画のウソ、ていうことで。苦しいな。一機だけなのは、アレは貴重なゼロ号機で、技術上、スピーディーな量産の準備期間であった、という。やっぱ苦しいな。でもT-800単体の強さを再認識させる、という映画上の目的がはっきりとはしてる。だから許せる。

こんだけこの映画の弁護をしてみたくなるのも、全てはチャンベールのせいですね(だけではないけど)。もうたまにコイツになら抱かれてもいんじゃないだろうかと思う時がある。チャンベがカッコイイ、それだけでこのシリーズには続行の意味があるとさえ思うんだぜ。
Posted by LittKidd - 2009.05.21,Thu
つい先日、仕事で、蛭子さんの生原稿(まんがではなくイラストだったが)に触れる機会があった。
直接さわったのだが、全然緊張しなかった。

人柄だなあ。
Posted by LittKidd - 2009.05.20,Wed
ふだん暮らしていて、ふとした瞬間に「今いる自分は本当の自分だろうか」と思ったりすることないでしょうか。
僕はよくある。

いや「こんなの本当のボクじゃない!」「本当はも〜っと輝いてるンだもン!」とかってそういうやつではなくて、鏡の中の自分をじっと見つめてたらだんだん見たこともないようなツラに見えてきて、自分がそこにいることさえ不確かになってゆく、あの感覚のことなんですが。

そういうとき、本当の自分はどっか遠く離れた路上とか廃屋とかで膝を抱えて、今のこのような自分の状況を妄想しているだけなんじゃないか、本当の俺は結婚なんかしてなくて子どももいなくて日本人でさえなくて、ただただクスリに渇いて次の配達人の訪れを待ってるカナダかどこかのジャンキーなんじゃないか、ウナギを養殖する仕事をしているおじさんなんじゃないか、四万十川で鮎釣りに熱中するフランスからの交換留学生(リセエンヌ)なんじゃねえか、工場で朝から晩までハンバーグ焼いてる人なんじゃねえか、とか思い始めて、どうやらそうじゃないっぽいことにほっとする。

現実からの乖離。そうした妄想がむしろ現実に変わる、いわば本当にハンバーグ焼いてる人だった!と判明して、「今までのアレ何だったんだ」と愕然とする日が来そうで、怖くて仕方がない。プルプル。でも逆に怖がっていても仕方がない。それはきっと事前には分かりようのないことだし、もしそれが本当なら、今のこの「時間」すら、まったく存在しない(しなかった)、空想の産物でしかないはずだからだ。

そういう感覚が子どもの頃からずーっとあって、消えない。
ある日、「パチン」とこの世界は消える。電気が消えるみたいに。

そういう無邪気であどけない気分に、まんがの森で(今さら)立ち読みする『涼宮ハルヒの憂鬱』がハマるゼ!
33にしてこの童心!
ヒャッホゥー。(下向きの矢印)
Posted by LittKidd - 2009.05.20,Wed
つげ義春のマンガを読みながら通勤したりすると、普段から息も絶え絶え、といった風情の俺の[瀕死の勤労意欲]のゲージが、なおの事みるみる減っていきます。

あ~面白いな~。いぃなぁ~。
でもなんかどれも読んだことある気がするな~。
てか持ってるな~これ…同じの…

といった具合に、勤務先に着く頃にはもうプルプルです(魂が)。

つげでは『蟹』が一番好きです(忠男はよく知らない)。
Posted by LittKidd - 2009.05.16,Sat


ヒィー。前嶋すげー。
Posted by LittKidd - 2009.05.16,Sat
文芸坐で小津安二郎の特集上映、『お早よう』の一本だけ、かろうじて観れた。他の小津作品を観たことがない(!!)ので比較ができないのだが、画作り・カット割りの面白さや、色が強く印象に残ることなどが主に感じられた。その上で楽しく明快、非常にすっきりとした映画として観ることが出来る、それも確かである。

何というか…すごい箱庭的に、一度決めた構図を(微妙にずらしたり、あるいはひねりを入れたりしながら)繰り返して積み重ねてゆく手法が、作品の方法論の中心にあるように思えた。たとえば、切妻屋根の軒先から土手を望んだカット、このバリエーションでこの映画は出来てる、といっても過言じゃないだろう。画面の奥の土手の上だったり、手前の家々の間だったり、をうろうろとする人物たちの情景だけで、もう十分に映画の内容がわかる気がする。ロケーションを変えても、場所により似た構図・人物の配置を繰り返す、という手法は変わらず。コントみたいでもあるが(実際、直接的な笑いに応用する場面もある。屁で『呼んだかい?』のとことか)、ふと気づくと、ちょっとぞっとするような不気味さも感じられたりする。『セリーヌとジュリーは舟でゆく』で、白塗りの人形たちがなんども同じ芝居を繰り返したような感じを思い出した。

人物同士の会話が、ほとんどカメラの切り返しで行われるのも自分には新鮮だった。撮影が楽、といったレベルでなく、きっとちゃんとした意味があるんだろうなあ。動かないカメラワークの中で、役者たちの表情は逆にとても動的で楽しい。子どものエネルギッシュさなど、画面からあふれ出しそうな感じがするのである(陳腐な物言いでスミマセン)。そう、やっぱり子どもだろうなあ。端正に、計算しつくされた書き割りの上を、子どもたちが飛んだり跳ねたり。この映画の明るい魅力は、一番にはそこがあるから感じられるのだと思う。

色味の鮮やかさも、もちろん計算されていると思う。色彩設計というものがちゃんとなされているのだろう、画面の中で、フラットな部分とアクセントとなる箇所が明確であり、必要な場所へ必要な視線を誘導しているように思える。ある意味で絵画的な、静的といっていい画面。いわばトリミングされた一枚の絵の中へ人物を立たせていて、その動きや発する言葉自体が、アクティブで面白く思えるようなものになっている。映画を語るには妙な言葉かもしれないが、観終わってまず思い浮かんだ言葉は「サイエンス」だった。「ケミカル」でも「メカニカル」でも「システマティック」でもなく。何かの理論を実験で試しているような不思議なわくわく感が、その「サイエンス」にはこもっている。その秘密はやっぱり、子どもだろうなあ、と思ったのである(映画のことはよくわからないので)。弟イサムの仕草は、いちいち可愛いすぎ!




廊下に飾ってあったフランス版『秋日和』のポスターはなかなかにシュール。
まさかほんとに、こうゆう風に女性が巨大化する映画じゃないですよね。
Posted by LittKidd - 2009.05.15,Fri
友人の結婚式で、嫁と前後して九州の郷里へ旅行した。初めての、娘(みっつ)と二人きりの旅でもある。

といっても空港に着けば父母(娘からすると祖父母)の迎えがあるし、式に出席している間は友人の奥さんが同い年のお子さんと一緒に娘を預かってくれるので、楽勝楽勝。でもおそらくケンカはするだろう、険悪になるだろう、そう予想していたが、娘は随分おりこうさんだった。僕もわりとおりこうさんだった。



飛行機の窓から見えた虹。写真ではほとんど見えないけど、外側にもうひとつのダブル・レインボウだった。撮影後、電子機器のご使用はお控えくださいと客室乗務員に怒られる。本当にごめんなさい。

初日は夕方に着いて、実家までの帰り道の回転寿司で晩ごはん。早めに就寝。

次の日、娘を預けて、バスで一山越えた隣町まで。国道沿い、教習所の真向かいのぼちぼちのホテルで挙式だった。行きの間、7年ぶりくらいに会う年下の友人とずっと談笑。何年経ってもアホで安心した。ホテルに着くとアホの数が増えた。なかなかいい式だった。五月というのにかんかん照りの真夏日で、標高の高い土地なのに30度を超えていた。

帰ってきて、娘を預かってくれた友人の居酒屋で、家族で晩ごはん。その後行きつけの温泉へ。町がやっている、プレハブとセメントで出来たような素っ気ない温泉だが、泉質は抜群にいい。温泉にゆっくりつかるなんて久しぶりだ。異常に気持ちよかった。母親がいないので、娘は祖母と二人で女湯へ。やはり寂しそう。でも友達の子とはたっぷり遊べたようで、帰りの車ではもう、うつらうつらしている。実家で娘を寝かしつけて、再び同じ友人の店へ飲みにゆく。いい時間で帰るつもりが、彼の家に河岸を移して結局朝まで。というか話の途中で寝てた。

最終日。目を覚ますと、もうだいぶ日が高かった。車で来なかったので、パートにでかける母親についでに迎えに来てもらう、その途中まで運動を兼ねて歩くことにする。本日も快晴。一時間ほど上り坂を歩いたところで、だいぶいい汗が出る。目標としていた観音様(地元の人が建立した、10mほどの立像)まで行けたので、とりあえず満足。前から近くで見てみたかったので、これを機会にと爽やかな気分でお参りすることにした。



小径に入り、ちょっとした坂道を登ると、個人の敷地らしいこじんまりとした場所に観音様が経っていた。向かって右側に社務所のような建物があり、その手前で、色の薄くなった袢纏姿の、頭のはげ上がった八十くらいに見えるおじいさんが何か書き物をしている。おじいさんに頭を下げて、観音様に手を合わせる。お賽銭をあげて、釣り下がっている半鐘を叩いた。おじいさんが何か話しかけてきた。ここの持ち主みたいだ。そっと手を引っ張って、観音様の後ろの方へ連れて行かれる。観音様の台座は、裏側から入れる空洞になっており、ここに本当のご本尊があった。ブログには書けないが、ここでちょっとすごい体験をすることになった。まだあるんだなあ、こういうの。貴重な経験を、ありがとうございました。小国の近くに住んでいる人は、永江観音に参ってみるといいです。(あ、そうそうこのじいちゃんだ)

ひとりでに消えたおじいさんと観音様の元を辞して道路に出、しばらく歩いて母親と合流。パート先に送って行き、家に戻って父親と娘を乗せ、ドライブに出かけた。古い民家をそのまま使った川べりの鰻屋で、縁側の風に吹かれ、せせらぎの音を聞きながらうな丼を食べる。その後、CMの撮影とやらで有名になった地元の滝へ。裏側に回れたり、藤の花が咲いていたり、なかなか見がいのある滝なのだ。観光客もいっぱいいたが、マイナスイオン(疑似科学です)もいっぱい浴びた。涼しかった。

挨拶やお礼をしたり、色んな人たちと会って夕方までを過ごす。空港に向かって父母(娘には祖父母)と車を走らせた。行きと同様、飛行機の中でまったく寝てくれない娘。そろそろ寝るかな、という頃に「絵本は読みますか?」等と、ANAの客室乗務員さんたちが話しかけてくる(計五回)。子ども好きなのはいいけど、ちょっと話しかけすぎである。飛行賃をケチって、娘を膝に抱いている人間の身にもなってほしいのである。

羽田に着いて、さらに家に帰り着くまでには、煮え煮えのヘトヘトになってぐんにゃりしていた。五日が経とうとする今でも、疲れが完全に抜けない。一日中眠くて仕方がない。しばらく二人旅はごめんだと思ったが、本当は楽しかった。いい子にしてくれていて、ありがとう娘よ。でもお父ちゃんもわりといいお父ちゃんだったでしょう。
Posted by LittKidd - 2009.05.13,Wed








It was the most AWFUL journey in my life.
Posted by LittKidd - 2009.05.07,Thu
2日に忌野清志郎さんが逝去された。

初めて行ったフェス(らしきもの)が88年か89年の海の中道で行われた野外ライブで、トリだった清志郎×井上陽水のラスト曲『帰れない二人』が本当に格好良く、「音楽ってすげえ」と鳥肌が立ったのだった。

初めてのライブハウスも、福岡電気ホールのタイマーズだった。開演時刻30分を過ぎても現れないタイマーズの人たち。「本日の公演は出演者の都合で中止となりました」のナレーションに「え〜」という会場の声。「本日お支払いいただいた分のチケットは、後日の払い戻しにて…」帰りかける客たち、だがそこに「偽りの情報に踊らされてんじゃねえ!ここにいるぜ〜」とタイマーズの人たちが登場。「いい大人が、信じられない!」「あほくさ!」という思いで絶句したが、いい歳をしたいい大人がそんなアホなことをするためのバンドがタイマーズでもあったのだな、ということを後から考えたりした。

RCのCDやテープをいっぱい聴いたし、自伝を読んだりもした。
最近は全然でした。ていうかソロの『Memphis』以降、ちゃんと聴いていない。
ほんの数年しかお世話になってないけど、ごめんなさい。ご冥福をお祈りします。
Posted by LittKidd - 2009.05.06,Wed
起きたら昼前。独身生活の最終日はかなりだらしなく始まったのだった。

トーストを食べて、せめてもの洗濯と風呂掃除。犬を迎えに行って、ふらっと散歩。
それ以降は、ずるずると夕方への昼下がり。

20時20分着の便で帰る嫁と娘を迎えに、夜の空港へドライブに出かけた。

ラジオからperfume、次はDe La Soulと、幸先の良いスタート。不慣れな首都高もけっこう空いてて楽々じゃん、とウキウキ気分で走っていたのだが、お台場を過ぎたあたりでなにか異音。ぼぼぼぼぼぼ、ってのが段々大きくなってくる。後輪、パンクだ。と気づいた時にはすでにトンネルの手前だった。

入って気づいたのだが、トンネルの中って、左に寄せて止まれる路肩みたいな場所がない。タイヤの異音はどんどん大きくなる。空気が抜けていくにつれ、ぼぼぼぼぼぼ、が、ごりんごりんごりん、という音に変わってきた。それと比例して速度が出なくなってくる。もう、かなりアクセルを踏み込んでいるのに、70〜80kmしか出ていない。冷や汗をかきながら、どうにかトンネルを抜け、出てすぐの、大井Jct手前の非常電話脇の路肩に停めることができた。すぐ脇を、ビュンビュン車が通り過ぎてゆく。トラブルを起こした末に辿り着く車が多いらしく、トンネルの出口はなんか色々な部品やら破片でいっぱい。タイヤの分厚いゴムは、回転するホイールと路面に挟まれ引きずられて、ズタズタになっていた。

タイヤ交換にまったく自信がないので、JAFのお兄さんに来てもらう。加入してないうえに、夜間料金。
翌日受け取りに行った我が家の定額給付金は、ちょうどJAFへの支払いとタイヤ1輪分の料金で消えました。

教訓1:悪いこと言わないから、JAFには入っとけ!あと高速乗る前はタイヤの空気圧を要CHECK☆
教訓2:スペアタイヤの交換くらいはできるように練習しておこう。
教訓3:今さら何を言っても、カッコ悪いことに変わりはない。


問題のタイヤ
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