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Posted by - 2017.07.29,Sat
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Posted by LittKidd - 2009.07.07,Tue


少し前になるが、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』観てきた。

なにこのわかりやすさ。そして良くできてるなあ、と思った。迷走し、自壊することまでを含めて芸の内、だった庵野エヴァの匂いはもうまったくなく、新しい「商品」として生まれ変わったエヴァンゲリオン(昔だってたいした『商品』ではありました、もちろん)を、不思議な気持ちで眺めた感じ。まあもうパラレルワールドだしね。タイトルもヱヴァンゲリヲンと変わったわけで、この「ヱヴァ」なら「ちゃんとした」エンディングまで辿り着けそうな、そんな安心感すら漂います。良いとか悪いでなく換骨奪胎というか、2次創作的というか…「僕らが本当に観たかったエヴァ」的な(この『僕ら』に自分は入ってませんが)感想を抱く人も多いはず。評判良いらしいし。

最初に言ったように、すごく良くできたアニメだと。痛切な描写とか極端な演出とか、そうしたいわゆる「エヴァらしさ」もちゃんとありつつ、メッセージが明確でストーリーがしっかりしてる(してそう)。メカは格好良く動いてるし(第三新東京市がわりとイイ)、キャラはカワイイし、次作へのヒキもバッチリです。以前の劇場版で、自分は量産機のデザインをすごく新しいものと感じたのだけど、はっきり言って昔のエヴァはもう、古くさい。そう感じるくらいに、ピカピカにアップデートされた最新のアニメ表現がなされてもいると思う。でもじゃあこの続きがすげえ観たいかというと、そうでもないなあ。別に庵野作品(今回『総監督』って肩書きだけど、どこまで『監督』したんだろ?)ということにこだわるわけでもなく、単に自分が年をとったというか、もうあの世界観にそこまで熱くなれないかな、という再確認をしてしまった感じ。個人的に。映画自体は面白いので、アニメ好きはもちろん観て損はしないと思うけど。

エンドロールのたしか「デザインワークス」とかいった項目で、あさりよしとお、鬼頭莫宏、Okamaという三人の漫画家さんの名前を発見。あさりよしとおはたしか前から絡んでた(メカデザイン?)と思うけど、あとの二人はどこなんだろう。鬼頭莫宏は新しい使徒(ゼルエルその他、けっこう変わっちょります)のデザインに参加してる、と言われても不思議ではないかなあ。Okamaはやっぱり女子キャラですかね。貞本ベースだと、わりとアカデミックな人体デッサンに忠実な、しっかり「くびれ」のある体型だった気がしますが、今回(特にアスカの部屋着姿)ちょっとずんどうというか、雨だれの下半分みたいなぷるんとした形の腰〜尻ラインが目立ったようにも思えて、そこがOkamaっぽいっちゃぽいなあ、と思いました。でも作品の資料とか一切読んでないし、Okamaが今どういう仕事をしてるのかさえ知らないので、なんとも言えない。

食べやすく、美味で、消化も良さそうなヱヴァです(だから皮肉とかじゃなく)。
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Posted by LittKidd - 2009.07.03,Fri
P.T.A.(パフュームとあなた/ファンクラブ)に、一連の件に関するメンバーからのメッセージが。

でも、別になくて良かったと思うよ。プロなんだから、プロの仕事をしてればいいんです。ファンというのは、仕事に対するファンであるべきなのであって、だから謝罪とか釈明とか言う方が変なんです。メッセージはそのどちらでもなく、あくまでも「感謝の気持ちを表すためのコメント」という体裁ではありました。一種の気遣いのようなものが感じられるものでもありました。わざわざ、すみません。と返答します。

き、気にすんなよな!
Posted by LittKidd - 2009.06.26,Fri


どんなにボロボロになっても、ここが俺の居場所なんだ。

ひょっとしたらそれはただの強がりかもしれないし、他に行き場がないだけかもしれない。強烈な寂しさと、手にできたはずの愛情の重さ。引き裂かれるような思いを、ただ単に跳ねのけたいから叫んだ、それだけのことなのかもしれない。

でもそうじゃないんだろうなあ、きっと。プロレスを生で観る、ということを一度しか経験していない自分には量ることのできない、熱や引力のようなものが、きっとリングの上にはあるのだろうと思う。

曇ってばかりの空、錆び付いたトレーラーハウスに、汗や血の匂いのしそうな控え室、廃墟となった海辺の遊園地、場末のストリップバー。冒頭からエンディングまで、綺麗なものや場所はほとんど出てこないが、本当に美しい映画だった。娘との場面や、試合の前後でのギャップなど、何度も泣かされた。終わり方も素晴らしい。

単純だから、「俺も人生頑張ろう」と思いました。それしかないんだよ。

あ、ミッキー・ロークの『レスラー』の感想です。
Posted by LittKidd - 2009.06.25,Thu
やっぱり死ぬ前に、立って歩いて、しゃべって、自分でものを考えるロボットをこの目で見てみたい。

今週のSPA!の中吊りの、『マジで探究〔電脳ラブドール〕の実現度』という見出しを目にして、そうゆうことを思った。人型ロボット、というものの需要を考えれば、現在のロボット研究の先端に性産業の分野から技術的なフィードバックがあったとして、それをあながち冗談とは言いきれない所がある気がする。例えば研究者が経費でラブドールを購入したり、メーカーに研修に行ったり、というようなことだ。なんかそんなプロットのエロマンガとかエロゲはすでに存在してそうだけど。

今まで実際に世の中に出てきた女性の人型ロボットを見ても、やはりそういう連想は働いてしまう。でもアプローチこそ違え、「より人間に近いリアルさ」を目指している以上、両者がどこかの地点で出会うのはある意味必然であるとも思える。そしてそこに介在する「ズレ」は、実はそんなに大きくないのでは、と個人的には推測する。なぜかといえば、「リアルな人型ロボット」には、また別の大きなニーズがあるからだ。

思いついたもうひとつのニーズとは、介護という分野だ。年寄りは増える一方だし、体力的にきつく、時間も取られる仕事だ。自分の肉親が介護対象なので、会社を辞めるように「やーめた」というわけにもいかない。サービスや施設は現在すでに、需要に追いついてないという状況だ。何より介護される側の気持ちとして…これはちょっとわからない。そんな変な「ヒトに似た何か」に面倒を見られるなら、純然たる機械のほうがマシだ、と思う人のほうが多いかも知れない。でも需要はあると思うんだよなあ。

体を起こす、拭く、食べさせるといった動作はヒトの体を扱う、という面でセックスに近いものがある。微妙な感覚(センス)と力加減(パワー)、そして「ヒトの形をしている」ということ。あくまでも「まだまだ未来の、これからだ―いぶ先」の話としてだが、人型ロボの用途は、この二つの産業分野でこそ求められるようになるのでは、という想像です。それらが実用となったとき、そこにはどれほどの差が存在するのだろうか?みたいな遊び。ひょっとしたらエロのほうは、ちょっと前で言う「バーチャル・リアリティ」的な所に行きそうな気もするのだけど。“Wii_Adult” みたいな。『バーチャボーイ・アダルト』みたいな。

そういう社会のニーズとかは置いて、この「ヒト型ロボットを見たい(作りたい)」という意識ってどこからくるのだろう。アトム誕生の場面を思い出したりする。すごくわくわくするのだ。年取ってから美少女介護ロボに甘やかされたい、みたいなのとは違う気持ちだよ、これは。

今から何十年か経てば、立って歩いて、しゃべって、自分でものを考えるロボットに会えるのかな。「彼ら」と「我々」は、果たして友達になれるんだろうか。そんなところに思いを馳せながら、『A.I.』とか『アイ,ロボット』とかまだ観たことないんです、ということを告白しておこう。アシモフのロボものもこれから読みます!

ロボ好きの人にはたぶん、鼻で笑われるようなことを言ってんだろなコレ。
Posted by LittKidd - 2009.06.21,Sun
金曜日恐怖症になった。

のっちかしゆかはある意味しょうがない、しょうがない、しょうがないよ、とも思えるんだけど(思えないけど)(思えやしないけど)、あ〜ちゃんのは素で見たくないのです。

だってあ〜ちゃんの恋愛、ってなんかリアルなんだもの。超家庭的に、シチューだかなんだかを作ってるとこ、想像してしまう。手にはミトンタイプの鍋つかみである。エプロンにスリッパである。コンポからaikoの曲。シャレにならない!首がもげそう!俄然、ハートも砕けそうである。

そういう妄想が、ホントにホントの所を想像する一歩手前の土塁、水際、いわばひとつのダムとして機能している、でもそのダムそれ自体がすでに水害の一部であって、そういうものが存在することに知らんぷりをしていたがゆえの鋭い、錯綜する痛みの感覚が上上下下上下上上…(Puppy love)

何だかうまいこと隠し通してくれることを期待してしまっているが、ずっとそういう役割、というか責任感を一番背負ってきたのもあ〜ちゃんだろう。やっぱり、もう、隠さなくても良い。私達は今、試されているのである。

それは成長に伴う痛みなのだ。思春期に膝の関節が痛くなるみたいな、アレ。
Posted by LittKidd - 2009.06.19,Fri


『トランスフォーマー/リベンジ』観てきた。

最初にこれだけは言わせて。オプティマスプライム、超カッケ→っす(若者ふうに)!

素晴らしい!小ネタと下ネタに一切手抜かりなし、というのが前作の主な印象だったが、今回もそのテイストは健在。むしろ傾向的に増強されていて、作中、何度「タマ(balls)」というフレーズが叫ばれたことか!いやホントはそんな叫ばれてなかったと思うんですけど…揺れるballsそのものも出てくるし、劇中全シーン通して一番笑いが大きかったのが、IT社長が全身ビクビクいわせながら「タマが!」ていう所だったもんで。仕事してたなぁ、IT社長とオカルト通のあの人は。

他の構成要素は、ロボットの殴り合いと爆発とおっぱいの揺れと惜しげもなくブッ壊れてゆく超高額な兵器の数々。息つくヒマもなく2時間30分が過ぎてゆく、CGと閃光と爆音と大金のかかったカクテル、ケミカルの大遊園地だ。最新の技術で、しかも映画でしかできないことをやり尽くしている、という意味でこれ以上の誉め言葉を思いつきません。こういうのをきっと、ジェットコースター・ムービーというんだなと(エントリタイトルはその略)。隣の席のカップルは、上映中終始イチャつきながら変な音させて飲み食いしつつ、しょっちゅう愛のささやきなんかも交えて鑑賞してましたけど、ある意味これ以上正しい観方もないだろうと思った。だって完全に遊園地なんだもの、観る人によっては。

まあ言葉はアレですけどね、最高に面白いですよ。掛け値なしの、スリル満点。中二男子に逆戻り、間違いなし。

友達は今日、普通の劇場でとりあえず一度観て、後日あらためてIMAXの吹き替えを観に行くとのこと。字幕を気にせず大迫力の画と音響を堪能できるその手順は、この映画においてマストというかモストというかベストと言わざるを得ない鑑賞法でしょう。いやうらやましい。川崎はさすがに遠い…。

ていうかもう眼が追いついて行かない、というのは前作からだけど、そこは欠点などではなく、超生命体の戦いがそんな易々と把握できるスピードでなんか行われてるはずがないんだぜ、という非常に「科学的」な態度なのである。もうほんと、そのメカニカルなパーツの動きたるや、ポルノに近いものがある。回転して前後にスライドするするシャフト、滑らかな動きの関節部など、その描写はほとんどフェティシズムに溢れている、と言ってもいい。こういう生き物がいて、こういう変型の仕方をして…という発想を、微に入り細に入りできるだけリアルに感じられるようシミュレーションし、構築してゆく。これはもう立派なSFだ。

スペシャリストの手がけた美しい「体」を、舐めるように鑑賞するという楽しみ…ほら、起きていることはポルノと同じである。プールから上がって水をしたたらせたり、砂を蹴り上げての格闘で傷をつけ合ったり、オートボットやディセプティコンたちは、色んなシチュエーション・様々な相手とのカラミで、その美しい肢体を観客にさらす。ロボットの映画であるにも関わらず、すごい肉体性というか、体が動くということ、その艶めかしさ、というものについての映画でもであるのだ。下ネタとの相性が良いのも、もっともな話。

いやいやいやいや!けしてそんなオチじゃないんだけどね、「新しい」「体」に関する映画である、ということについては真剣。これ以降、フルCGで限りなくリアルな(アクションではない)普通の劇映画が作られる、というのはそう遠くない未来の話だと思うのね。その是非も含め、そうしたことの意味とか、そこで描かれる人間は一体なんなんだ?っていうこととか、関連するトピックとして、人間と同じ自律思考のAIは生まれるのか?とか、そんないろんなことを考えさせられてしまうほどデキのよい「生命体」たちが、命がけで戦う超〜面白い映画、『トランスフォーマー/リベンジ』。

テクノロジーと実存、といった哲学めいた話題からエロネタ、下ネタまでがすっぽり。

これは器のデカい映画です!
Posted by LittKidd - 2009.06.17,Wed
ウッガーもう耐えられにゃい!

いろいろ(主にのっち)あってもう心がヘシ折れそうなので、非常手段にでることにした。
「自分へのごほうび」作戦、発動である。OLか。資格とか好きな。

会社帰りに本屋に寄って、マンガを一冊購入!帰りの電車で読む!作戦終了!

IKKIで連載された、五十嵐大介の『魔女』(1巻)だ。雑誌で持っていたのだが、事情でかなり前に泣く泣く処分してしまっていた。単行本買えば、アレがまた読める!という、自分におけるとっておきだったのだ。あぁ。消費しちゃったよ。しかし久しぶりに読んだ『魔女』は、やっぱり凄かった。第一話『スピンドル』がとくに好き。圧倒的な画的ボルテージで、奇想を紡ぎ、物語に織り上げてゆく力業、それをこの目で読めることを、至福と感じる。大げさじゃないんすよ。

とにかく描き込みが超スゴい。ボールペンで描いてる(ぺんてるのHybridらしい。付けペンと比してどの程度のパーセンテージでかは知らない)ってところがまたカッコイイ。つくづく、大判で読めなくなったことが悔やまれるのである。あのときの俺の馬鹿。ていうか昔読んだときよりも、なお凄まじい作品だ、と感じるのはどうしてか。その視線は恐ろしいほどに研ぎ澄まされて、こちらのぬるーい日常を、何千という針の先でためらうことなく刺し透してくるかのようだ。

いや、震えた。心満たされた。五十嵐大介は間違いなく現代最強のマンガ家のひとりだと思う。
(新作も読めよ、っちゅう話なんですが)
Posted by LittKidd - 2009.06.13,Sat


お金がないので、出来るモノについては自分で手作り。我孫子市泉あたりで、SonicYouth のTシャツ着て汗だくになりながら電動ドリル振り回してる30男を見かけたら、それは僕です。

「おまえん家、キッンにっくハ〜ウス!」とでも声をかけてください。カン太〜〜〜ッ!!!!
Posted by LittKidd - 2009.06.13,Sat
SF者を目指す男としてこれだけは観なくちゃならん!と勢い込みつつ、でもけっこう遅ればせながら…ようやく観てきました。

そんな意気込みのわりに、映画もテレビシリーズも、オリジナルのトレック経験がほぼゼロだ。そんな男のどこがSFだって感じだが、そういうある意味貴重な「ゼロ目線」を前提とした、この映画の感想です。

(以下ネタバレ)

まず、オリジナルシリーズのカーク船長と今回のその人では、かなりキャラクターが違ってそう。その新機軸ぶりがどれくらいかわからないのだが、おそらく元の船長像は、英雄然としてゆるぎない父性を持った、完成された「頼れる男」として描かれているはずだ。冒頭で、800人の乗員と自分の妻子を救ったジムの父親は、その直接的なメタファーだろう。彼の死と、「新しいカーク」の誕生が、そのまま「シリーズの再生・新しい始まり」として描かれているわけだ。このあとで、タイトルばーん!スター・トレック!!っていうのはもう、限りなく正しいよね。文句なしだと思う。ここは、けっこうグッときた。観てるときは「シリーズの云々」とかって考えてるわけではないので、もう単純に、これこそキャプテンだッ!みたいな感じでストレートに盛り上がってたわけです。でも、これがこの映画のピークだったなあ。個人的には。

その後、やんちゃな少年時代をちらり、荒れてた入隊前をちらり、とかいつまみ。スポックとの対比で成長過程をやるのだけど、バックグラウンドという意味では全然スポックのほうに比重がある。後々の流れからいって、スポックの内面に焦点を当てるのは当然。でももうちょっとジムの方の性格とかその背景だかを知りたかった気はする。ヴィンテージ・カーはもしや母親の再婚相手のもの?とか、入隊前、なんでそんなにすさんでんの?とか。推測の手がかりはあるんだけど、もう少し詳細が語られるべきなんじゃないか。

なんでそう思うかというと、結局最後まで、ジムのことがいまいち好きになれなかったから。機転は利くし、行動力とそれを支えるガッツもある。強引なくらいのリーダーシップも持っている。そういう資質は十分伝わるんだけど、それにしてもトントン拍子に行き過ぎじゃないだろうか、この人。親父さんの信奉者に拾われて入隊、タイミング良くサブリーダーに指名され、反乱まがいの行動で追放されても、なんと(なぜか)偶然にも出会えた老スポックの計らいで、アクロバティックなカムバック。様々な種類の庇護のもと、劣等生が、一夜にして地球を救ったヒーローに!…なんか、「伝説のアメフト選手の息子はやっぱり名選手だった!」みたいなヒネリのなさを感じる。そして正義は勝つ!…的な短絡も。前半で荒れてる理由とか、やる気になったあとで一度は挫折したりだとか、そういう描写のひとつもあれば違うのかもだけど、そういう内面関係の表現はスポックの方にばかり割り振られている気がする。でも、これをやるなら二人ともでやったほうがいいのは明らか。好対照で、時に反発もしあいながら互いを認め合っていく、という二人のキャラクターは、今後もシリーズの大きな牽引力となるはずなのだから。スポックがジムに心を許すのが早すぎる、観ているとまだ、そんな風に思えてしまう。

キャラクターといえば、敵側のロミュラン人がちょっと可哀想すぎた。言いがかりに近い妄執とは言え、何もあんなお腹の大きい嫁さんを画で見せることないだろう。すっきりしない鑑賞感の原因のひとつは、この人たちの悲劇性にもあると思う。星(と民族、家族)をまるごと失って復讐(勘違いなんだけど)の機会を待ち続けること25年、てそりゃ集団ヒステリーにもなるわ。オリジナルとのかね合いがあるのかもしれないが、もっと極悪非道な憎き敵として設定できなかったのかなあ。カークとスポックの、戦い終わって最後、相手が「うん」とは言わないことを見越したうえで「望むなら助けてやる」的な、いたぶり感溢れるセリフもどうなんだろう。総攻撃!ってそんなことやってるから自分らもブラック・ホールに飲み込まれそうになるんではないのか。すごくJOCKS的というか、底意地と頭の悪さを感じさせる勝利で、あんまし気持ちの良いものではなかった。

全体の構造としては、ロミュラン星を救おうとしたスポックの赤色物質が逆に時間改変によるパラレルワールドを生み出してしまい、これまでとは違ったスター・トレック・ワールドが生まれた、ということになるのだろう。これは「焼き直し」の上手い方法ではあるかも知れない。何も全てが変わってしまったわけではない、キャラやエピソードのバリエーションに変化はあっても、基本的には旧シリーズと同じフォーマットが使えるやり方だからだ。事実、映画のラストは、テレビドラマのエンディングを思わせるような「つづく」感じの仕上がりになっていた。ちょっと疑問なんだけど、オリジナルのシリーズでも、あの「転送」ってあんなに万能なの?とりわけカークが辺境の星からワープ中のエンタープライズ号に転送された時に思ったことなのだが、スコッティが老スポックに「コレどうやったんだ?」て聞いたときの、「未来のキミが作った方程式さ」「なるほど!空間を物体としてとらえるのか!」というアレ。あの「卵と鶏、どっちが先か」のやりとり。この、船に戻れるか戻れないかという重要な場面で、SF的に使い古され尽くした感アリアリの、ほとんどギャグといっていいようなパラドックス、ソレがくるのか?!それで解決か?!と唖然としたんだけど、えーと。オリジナルのシリーズも、あんなに「ユルい」んですか?
ご都合主義、という言葉が久しぶりに頭に浮かんだ。だってあまりにも、である。

コミカルなノリと、「オリジナルとのかね合い」みたいなモノを盾にして、旧シリーズの遺産に守られて出航したお姫様、カーク船長と新エンタープライズ号。そんな風に見えた。
「旧来のファンも、新しいファンにも楽しめる、最高のスタートレックが誕生した」みたいなコメントを寄せてる著名人がいたが、このコメントは半分当たりで、半分ハズレだと思う。とにかく、この映画の次作ではなくて、オリジナルの方が強烈に観たくなる。旧作を知らない自分は、この映画の面白さの半分もくみ取れてないに違いない、と感じるという意味においてだ。

予告編で観た「ヴィンテージ・カー台無し」の場面が恐ろしく格好良かった(だから期待も高かった)のだが、本編でのあのシーンの音楽の使い方は、正直ダサ過ぎ。ビースティーの“SAVOTAGE”、曲はいいんだけど(それでもちょっと古い感はある)、よくわかってない奴が「不良の聴くのってこうゆう音楽だべ」っていう、手探りというかおそるおそるって感じでやっちゃった、というパターンに見えてしょうがない。なにも曲のフックをカット変わりにかぶせることはないだろう。せめて、車が落ちた時点で音楽も一緒に消えなきゃダメである。この映画のセンスが顕著に表れたシーンだった。

ロシア訛りの青年は良かった。T4でカイル・リースやってた子だよね。演技が面白いと思う。サイモン・ペッグはやっぱこういう扱いなのね。観られてちょっと嬉しかったけど、こんな映画(あ、言っちゃった)に出てるくらいだったら、イギリスで自分の企画に出演してるほうがいいような気もする。

なにもひねくれた観かたをしたわけじゃなく、普通に期待していった正直な感想がこれなんだよな。T4との関係ってことでも全然なく、ワンダーの少ない映画だなあ、と。ただT4とこっち、新しいことをしようとしてるのはどっちか?と聞かれたら、僕は迷わずT4を挙げるなあ。少なくともこの先どういう話になるんだろう、という楽しみがある。スター・トレックには、保守的な(趣味的な、と言ってもいい)面白みはあるのかも知れないね。だからこそ、これからオリジナルのシリーズを観ていきたい、とは思いました。にしても、旧シリーズのファンがこれに満足しているのは、すこし(S)不思議(F)である。
Posted by LittKidd - 2009.06.12,Fri
ついにこの日がきてしまった。

ホリエアツシどんな野郎だァアアアアアア

ウアーン

久しぶりにめまいを経験。

おっお幸せに☆(血の涙)






いややっぱダメ、ちょっと立ち直れそうもないわ。

えっみんな知ってたの?!

ショックもひとしおです。
Posted by LittKidd - 2009.06.12,Fri
思ってるんだけど、どうにもカワイくならない。
こいつらもなんかコワいし一緒には遊びたくない感じ。



ぜったい悪いこと考えてるよ!
Posted by LittKidd - 2009.06.11,Thu
『チョコレート・ファイター』観てきた。
香り立つタイトルですが、無論Perfumeとは無関係ですよ。承知ですよ。

◎感想/タイすげえわ。ほんとに。

『マッハ』と較べて(トムヤムクンは観てない)全然洗練されてないというか、むしろ泥臭くなってんじゃないか、と思うようなストーリーがたまらない。ほとんどVシネか、というあたりでアクションシーンが始まると、全然別モノである、と分かる。これはほんとに「ジージャー(主役の女の子)のアクションを観るための映画」だ。異論はないであろう。

最初の内は、「やるとはいってもやっぱ女の子だな」「受ける方が大変だな」みたいな感じでユルく観てたのだが…いやいやいやいや、凄くねえかコレ、と乗り出し態勢に。ザコキャラ役の人たちももちろん大変だが、ジージャー自身がかなりやっちょります。ヒジとヒザ、キック多用の闘い方は、体重の軽い女子がなるべく大きなダメージを与えるには、ということをリアルにシミュレーションした結果だろう。次々繰り出す一撃が「重い」とは見えないのだけど、スピードと体のキレ、技の連続性で見せる。さすがテコンドーで大会優勝とか師範とかしてるだけある。

打ち所が悪きゃ死んでんじゃないか、というような場面が続き、場内からはヒィ!痛たたたたッ!みたいな声がちらほら。エンドロールでNGシーンが流れるんだけど、これがまたけっこうな痛たたた、でした。

ただマッハもそうだったんだけど、爽快さがないんだよね。微妙に後味悪い感じ。でもそれがいいのか?撮影は3年くらい前らしいんだけど、ジージャーにはもっとばんばん映画に出てほしいと思う。

まあとにかくジージャーが可愛かった。日本人顔と言われてるみたいだけど、誰と言われたら松山ケンイチ似。あとみんなそう思ってるだろうから俺も躊躇なく書けちゃうんですけど、ジージャーに顔、蹴られたい。
首ポキィイイッ!!!!って。気持ちいいだろうなあ。
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