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Posted by - 2017.05.30,Tue
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Posted by LittKidd - 2011.02.24,Thu
およそ1年と1ヶ月ぶりのブログ。
いやーなつかしいなあ。1年前は思っても見なかった。
今頃、こんなに苦しむことになるなんて…。

青色申告の、馬鹿!

っていうか俺が馬鹿なんだよね。
だいたい始めんのが遅いんだよ。そんでまた異常に難しんだよこの青色申告ってのが!
以上を踏まえた上で、まあやっぱし俺が馬鹿なんだよね。

やらなきゃいけないことがあると、人間、寄り道に精が出ます。

〔さいきん考えたギャル語〕
「買わなきゃじま〜」

(かわいいものを見つけたときなんかに使います)
(『川中島』とかかってます。『マジ信玄〜』とレスポンスすると吉)

まあ俺が考えた時点でギャル語でもなんでもないんですけど。
でもパクっていいぜ!ギャル達!



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Posted by LittKidd - 2010.01.26,Tue


やっとだ。ようやくだ。スパイク・ジョーンズってこんなに面白くてセンスが良いんですよ、変な映画撮ってて洒落乙なだけのお兄ちゃんじゃないんですよ、すごいでしょう。みたいなことを所謂世の映画好きの人たちに言えるような作品だったので、よかったよかったと嬉しく思う。

何より子どもの描写が素晴らしい。無軌道で理不尽な「手に負えない」感じがまずしっかりと描かれ、それが芯となり、かいじゅうたちにああいったかたちのパーソナリティが肉付けされ、最終的に作品のテーマそのものとなる点で、ある意味単純で楽しいだけの原作の絵本の世界を、何倍にも押し広げ、深く掘り下げたと言って良い。いやよくふくらました。

わかりやすく描かれているので書いてもさしつかえないだろうが、かいじゅうのキャロル(乱暴なやつ)はマックスの分身だ。そんな自分の「子どもの子どもたる」部分が投影されたキャロルを「手に負えないよ!」と大人と同じセリフで切り捨て、かいじゅうたちの世界に結局何の影響も及ぼせずに現実に逃げ帰らざるを得ないと思い至ることで、マックスは苦い成長を果たす。マックスがキャロルにしてあげられたのは、あの程度のことでしかなかった。

でもそうすることで、マックスは母とキャロル、それぞれの心に寄り添ったのだ。自分には限られたものしか与えることができない、という認識は、どうかして与えようと考え、行動した結果によってしか得られないものだ。そしてそれが愛だ。

本当に苦い。理想の限界を勝手に「愛だ」なんて言ってしまう、これだから大人は嫌だ。

タイトルの書き文字ほかのアートワークはジェフ・マクファトリッジね。
マイク・ミルズじゃないです。



思わず一瞬カムバック。
えっとワタクシ自身の近況といたしましては、近所のコンビニにジャンプを買いに行ったりしてます。無職の身空に寒風が冷たく沁みいる毎日です。あと大工さんの家に廃材をもらいに行って家具(テーブルとか)なんかを作ったりしてます。買うと高いんで。
Posted by LittKidd - 2009.12.02,Wed
昔から鼻の片側が、だいたい常に詰まっています

自然、呼吸のために口があく

他人よりのどが渇くようになり、お茶をたくさん飲みます

お茶が好き

利尿作用もあいまって、トイレが異常に近い

しょっちゅうトイレへ立つので、集中力も途切れがち

いいデザインの成立には集中の持続が欠かせません

いいデザインがなかなかできない

俺は仕事に向いてないぞ




とゆーわけで!まあ仕事でやるデザインにぶっちゃけ集中力とかそんな関係ないんすけど!

12月を持ちまして目出度く会社もやめるし、今後の個人的なプロジェクトのためにもブログなんか書いてる場合じゃない。って感じになってきたのでとりあえず更新ストップします。

ってわざわざ書いとかないと、だらだら続けちゃいそうなんで。

バカだから、いっこの記事書くのに2〜3時間かかったりすんのね俺。んで出来上がる文章がアレ。時間をドブに捨ててるようなモンなのは明らかなんで、まあ潮時だと。でもブログのおかげで禁煙も続いた(ような気もする)し、昔っからの映画コンプレックスをまま若干ながら克服できた(ような気もする)。あと、たとえこのようにちんけなものであっても人にはやはりパーソナルなアウトプットが必要だし大事、という認識を得ることができただけでやってみた甲斐はあった、と思う次第だぜ。

そんな俺、可愛い。可愛いは正義!

バイナラ、俺のブログちゃん。なのれす。
Posted by LittKidd - 2009.12.01,Tue




原題 “Waltz with Bashir"。『バシールとワルツを』で公開すると思ってた。トレイラーをのっけたエントリを去年の12月にアップしてからほぼ1年か。ようやく本編を観ることができた。

で、かなりの力作。いや傑作でした。監督自身の失われた記憶をたどるドキュメンタリーであり、1982年に実際にパレスチナの難民キャンプで起きたある虐殺事件のひとつの側面を描いた「アニメーション作品」でもある。え?なんでアニメ?って思うわけだが、観ればなるほど、ちゃんとアニメである理由はわかるようになっている。

映画監督である主人公が、当時パレスチナにいた数人の関係者にインタビューする中で、だんだん記憶を取り戻していく、という構成。スタッフは、当時の証言を広告で募集、集まったエピソードをもとに監督が脚本を起こし、それをスタジオで再構成(監督・スタッフが話者を演じた)・撮影するかたちで、まずはビデオ版を作成。音に関しては、実際の話者にスタジオで話してもらったものを録音。これらの素材から簡易アニメーション版と資金集めのためのパイロット版を作成したのち、ようやく本格的な制作に着手。アニメーターなどのスタッフの不足・資金不足に苦しみつつ、実に4年を経て完成にこぎつけたという労作でもある。(以上パンフレットによる情報から)

フラッシュアニメに特有の、動きの面でちゃちだな、と感じられる部分は正直ある。でもその一種紙芝居的なぎこちなさは、現実とおぼろげな記憶、幻想との間を往復する作品のテーマと一致するものだ。その一方で、慎重に色数を絞られた画面の色彩は、たいへんビビッドで美しく、描かれたその内容と相反して非常に効果的だ。照明弾により黄色く染められた夢と記憶の中の光景や、木漏れ陽に溢れる真昼の果樹園の描写などが印象的。「きれいだな」と感じることで、思わず、ある意味での罪悪感を覚えてしまいそうになる。

また、音楽のチョイスがすごく的確。タイトルのもとである、一人の兵士が踊るように銃を乱射するシーンにおけるショパンのピアノ曲や、主人公が休暇の際に地元の街で耳にするPILなどが耳に残る。オリジナルのスコアも作品のムードにぴったりで秀逸だ。担当はマックス・リヒターというイギリスのエレクトロな人、らしい。

現実と非現実がスクリーンの中でぐらり、と揺らぐラストは見事。このためのアニメーションだったか、と納得する。観客は、色んなことを考えながらエンドロールを観ることになる。

イスラエルとパレスチナの問題には全然明るくないのだが、それでも本作がイスラエル本国で大きな支持を受け、多数の賞を獲得していることには驚く。苦い歴史に向き合い、ある意味で自分の(国の)犯した罪を告発するような内容にも関わらず、だ。日本でもたくさんの人が観ればいいなと思う。一歩、戦争という狂気の状態に陥れば、全然他人事ではない話だからだ。むしろ普遍的な恐怖を扱っているとも言えると思う。

そういう意味でこの映画は本当にリアルだし、アニメーションという手法にもかかわらず現実と強くリンクしている、「いまの映画」。そこが面白いと思うのだ。

NYに行っちゃった(そしてアニメーターをしてるらしい)Sさんも観たかなあ。
観たよな、きっと。




http://www.waltz-wo.jp/index.html
Posted by LittKidd - 2009.11.27,Fri


ポン・ジュノってホントに性格悪いよな。ホントに。
でも面白かった。
絵作りうまいよね。
なんでもないロケーションを不吉に盛り上げる撮り方たまらん。
ばあちゃんの放り投げたマッコリのペットボトルが落下する軌跡とか、
バスの窓からみる川辺の一本の立木の不気味さ具合、すごいショット。
ミステリかと思って観てると結末は意外と拍子抜け。
まぎらわしい邦題も相まって、母と子の感動作みたいに勘違いしてきた人は
きっと多い。よくもだましたアアアア!!
悪友の人物描写が面白かった。
小さな罪をなすりつけたり金をせびるかと思えば、
預言者めいたこと言っておばさんを導くし。
事件捜査、堂に入ってるし。
黒目がちなおばさんの顔は怖いの通り越して、だんだん笑ってきてしまう。
顔といえばウォンビンは可愛い。
あのかわいらしさを余すところなく利用していて素晴らしい。

みたいな話を(してない話もある)友達(msr氏)とメールで話しました。
「マイケルのムーンウォーカーを見てきたぜ。ポーゥ!」とのこと。
Posted by LittKidd - 2009.11.27,Fri


ほぼマンガ。

◎前エントリの市川春子さんのHP、 Agar を発見。マンガが少し読めます(前はもっとあったらしい)。単行本よりちょっぴりストレートにどきどきする変態、有升。そして発売中のアフタヌーンでは新作読切が掲載とあって勇んで買ってきたぞ!(まだ読んでない)

◎そのアフタでは漆原友紀さんが新連載を開始。『神戸在住』の木村紺さんがなんか“普通の"マンガ(しかも柔道マンガ)を連載していて驚く。遅くて申し訳ありませんが、ここまで絵柄を変えるってすごいな。そしてハトよめとラブやんが変わらず連載されていることにも驚く。

◎20日の読売新聞、五十嵐大介と伊坂幸太郎の対談。わざわざ買って読む。伊坂幸太郎をよく知らないので、面白さがあまりわからず。

◎『Batman:Year One』イヤー2と合体してそのうち発売、と聞いてからのパトロールで、初めて『The Dark Knight Returns』と『...Strikes Again』の新訳合本を発見。目には入っていたはずだが、Watanavaderによれば「2ヶ月くらいに発売してなかったっけ?」とのこと。ラス1で思わず買ってしまう。なんか気づかずに済んじゃえばそれで良かった気もするけど、でも後から知ってたらきっと後悔したはずなのでこれで良かった。

◎なんか変な雑誌で中原昌也による KOOL KEITH のインタビュー。表紙でもう盛大に吹く。中原さんやせたなあ。内容がまたすごくて、ポルノとか軍服とか制帽へのどうでもいいこだわりがだいたい八割。PVの構想とかバカ過ぎる。やっぱ面白いわHIPHOPの人。

◎二週以上引きずった風邪がやっと治りかけたかと思ったら、今度は腰が痛くてまともに歩けない。この体はもうだめだ。
Posted by LittKidd - 2009.11.24,Tue


『虫と歌 市川春子作品集』/市川春子 講談社

世の中には、恐ろしいヤツがいるもんだ。

ムーアをあれだけホメておいて舌の根も乾かぬうちに軽薄、そう思われたって仕方がない。
しかしこの市川春子という人はすごいよ。2006年にアフタヌーンでデビュー、以来四編を同誌に掲載、それら(+書き下ろし1点)をあつめた初短編集がこのたび上梓。本職はデザイナーらしい。
本書の装丁もご自分で手がけている。

全然知らなかったなあ。SFです。メタモルフォーゼおよび身体性、といったあたりが重要なテーマとしてありそう。そして、高野文子に迫る表現力とセンスです(たぶん高野を好きなんだと思う)。
あんまりすごくて、帰りの電車で号泣した。翌朝、そんなマンガを読んだこと自体がもしかして夢だったのでは?と思ってカバンをまさぐる。

果たしてそこに、この本はありました。感銘が本当のものだったのかどうか、怖くて読み返せません。
打ちのめされました。マンガを読むすべての人におすすめしたいなぁ。


Posted by LittKidd - 2009.11.24,Tue
いやもうムーア先生の振り幅はどんだけなんですか、っていう。
『TOP 10』めちゃ面白いよ『TOP 10』。

『フロム・ヘル』を読んだ直後にこの世界に触れてしまうと、もうわくわくしてしょうがないですな。何というか、『ヘル』とはまた違った意味でネタの宝庫。

前者が、ある決まった一方向に向けて、全知識・全精力をひとつのベクトルに漏れなく注ぎ込んでゆく前代未聞の力業(『心血を注ぐ』はマジにこの作品のためにあるような言葉)だとしたら、これはもうなんだろう。炸裂する衒学と豆知識が、あちらこちらにはじけ飛んで収拾のつかないPOPな玉手箱状態?まさにトイ・ボックス!!!! みたいな駄洒落も言いたくなる程のゴキゲンさ。もうね、一コマひとこま見ていったらきっとたっぷり3年は楽しめるんじゃないかっていう密度よね。ネオポリスの上空には、アトムはいるわ鉄人はいるわ。あと英語ができたら、もっと全然楽しいんだろうなあって思う。

よくもまあこんなホラ話を思いつくな、みたいなプロットの連続で。各ヒーローの能力と、それをどう組み合わせるかっていう面白さはもちろん、そうしたお話のそれぞれが大きなストーリーとしてラストに収斂していくさまは圧巻です。ネタ的には、ネズミとネコが銀河を巻き込んで神話的闘争の果てにもの凄い結末に至るアレとかサンタの完璧なコスプレとその顛末(ワード、強すぎ)とか「ボルゾイと付き合ってるっつったら信じちゃってさ」とかはもう声出して笑いました。あれはアカン。あんなの絶対に思いつけない。それとは別に、ガール・ワン=サン・リーの秘密とか、新人ジョーの「人間の出来ていさ」、グレート・ゲーマーとMR.ネビュラの最期など、ぐっときて忘れられないエピソードもたくさんある。

まあもうなんつーか言い飽きたけどさ、さすがです。魔術師かよムーア。なんか実生活でも魔術というか邪教に傾倒してるって話ですが、その「自分の考えた神様」のご本尊が「ペットボトルのフタ」かなんか、だという逸話はもうウソつきの鑑だよな。ストーリー・テラーかくあるべしというか、それはもう哲学だと思うし最近聞いた話で一番感動したよ俺。泣きそうです。

「面白い」っていうことはかくも素晴らしい。ホントにそう思うわ。
Posted by LittKidd - 2009.11.23,Mon
WATANAVADERにアシモフ・ムーア責めに遭って嬉しい悲鳴を上げている最近。
アシモフに関しては、ロボットものから読み終えて、そののちファウンデーションの続き(シリーズの途中までは読んでいる)に取りかかろうという算段です。

まずはベイリ/ダニール・コンビの二冊を。推理小説でありバディもの、そして何よりロボットという概念を今ある状態にまで掘り下げた名作、というぼんやりとした認識くらいはあった。しかし読んでみてこんなに面白いとは…いわゆる名作って、「まあ今じゃなくても良いかな」なんて具合に後回しにしてしまいがちだったりするけど、読むとだいたい「もっと早く読んでりゃ良かった」って思うんだよね。そんな感じの典型でした。

二冊の共通項として、ベイリ(と読者)を生徒としたSF教養小説だということがある。
ロボットとは。そしてロボットが必要とされる社会とは、こういうものなんだよっていうアシモフ先生の人類啓蒙教室みたいな趣があるよね。つまり…普通ではあり得ない殺人事件を探って右往左往する中で、地球と人類とが今まさに瀕する危機が存在すること、それに向き合わずして自分の子どもたちに明るい未来のないことを、ベイリは様々な演者に示される、多様な観点から学んでゆくわけです。増え続ける人口に対し、枯渇する一方のエネルギー。そこには絶対的矛盾がある。この煮詰まった都市国家という袋小路を、人間はいかにして抜け出すべきなのか。

SFってやっぱり社会丸ごとを描くものなんだなーってのを今更ながらに思わせられるし、そこで提唱されるC/Fe社会(人間とロボットの共生)という概念は、現代の科学の有りようにもきっと影響を与えている…ような気がする。そんな風に、大きな知の一端に触れているような錯覚さえ覚えさせてくれる。アシモフ・マジックですわ。

推理ものとしては『鋼鉄都市』のほうが評価は高いのかもしれないけど、個人的には『はだかの太陽』のほうが好き。『鋼鉄都市』よりつっこみ所は多い気はするけど(“ヨシャバテ!"って言い過ぎなとことか。でも前作でも訳されてないだけでけっこう言ってたのかも)、ベイリが、教えられるというだけでなく、「自分たちに必要なのはこれなんだ」みたいな感じで「はだかの太陽」を真正面から見据える、人類という種としての使命に目覚める、的なラストが爽快でいいです。あとあんなに異常に感じられるソラリアが実は「地球にそっくり」なのではないか、という指摘も目から鱗的な転換で面白い。どっちもダニールは意外と活躍しないね。ベイリが勘で突っ走って、でもその行動と直観がどうにかこうにか事件の謎を解き明かしてゆく、というそのトライアンドエラーっぷりがサスペンスを盛り上げるし、ハチャメチャで面白いとこでもある。

短編をのぞくと、『夜明けのロボット』に続いてこのシリーズは一応終わりってことになるのかな。この流れがファウンデーションの世界観にどういう風に絡んでゆくのか、楽しみ。やっぱ発表年順に読むのがいいかしら。一回作戦を練る必要アリ、みたいです。
Posted by LittKidd - 2009.11.08,Sun
Posted by LittKidd - 2009.11.06,Fri
映画でなくてコミックのほうね。正直、これを正味三日程で読むのは辛かったー。

『フロム・ヘル』
作 アラン・ムーア 画 エディ・キャンベル 訳者 柳下毅一郎
みすず書房刊
http://www.fromhell.jp/

下巻、柳下さんのあとがきを読んだら、もうほかに何も言うことはない感じではあるけど…そいでもあえて個人的な感想を言わせてもらうなら、まあほんとにすごいフィクションだと思う。その世界の奥行き、強度の高い構築性はきっとまだ一読しただけではホンの片鱗しか味わえていない気がするのだけど、ちょっと一人で書いたとは思えないぐらいの多様さ、複雑で入り組んだ構成と、かと思えばあと少しで荒唐無稽なだけのプロットにも転びそうな、大胆なストーリー運び。さすが『ウォッチメン』のムーア…と言わずとも、この「凄み」は、一読すれば誰しもに伝わるんではないだろうか。

厳密には、「まったく一人で書いた」話とは言えないかもしれない。補稿〔1〕と〔2〕でも詳細に述べられているように、このシナリオはさまざまな切り裂きジャックに関する(と多分そのほかいろいろな)本から導かれた「真実」、あるいはそれらしきものを基に作られているからだ。でもどんな優れた石工だって、なんの材料や道具もなしに彫刻なり建造物を造るわけにはいかない。いうなればムーアは、いろんな時代のあちこちの場所から拾い集めた、気も遠くなるような量の煉瓦や石の欠片を積み上げ積み上げして、19世紀のロンドンに巨大な知のオベリスクを築き上げたのだ。煉瓦や石のひとつひとつはそれぞれ「事実(?)」「史実(?)」といった確かだったりあやふやだったりする、固形の、時代を彩るパーツでしかないが、恐るべきは、それらを接着するためにムーアの練った自前のモルタルだろう。それこそ、妄想力。幻視の力と言ってもいいが、それら煉瓦を高く、大きく積み上げるために、このムーアの練られた妄想が実に大きな力を発揮しているのだ。

それはもう、輝かしいほどに。

サー・ウィリアム・ガルが、「頂に至る」過程。もしくはラスト近くのアレといったあたりに、その輝きは顕著である。マジで圧倒される。これは知性とかの業ではなく、もっと暗くて力強い何かだ。印象だけを語るならそんな感じ。あたかも神と一体になったかのようなガルの独白やその心象風景は、リアルを超えた、また別の次元の現実感(あるいは非現実感)で読者を包み込んでしまう。ふと恐ろしくなって、ページから目を離さなければならなくなる…そんな場面が、読んでいるさなかに何度も訪れた。そしてまったく、そこまで物語の深部に入り込んで、妄想の粘液でべとべとにしたキャラクターを動かしているくせに、全体は恐ろしく緻密に、入り組んでいながらまったく無駄のない、しかし豊かな作品世界を構築しているのである。まるで、目を離してよくよく見てみれば、地図上のポイントポイントを結ぶ線に五芒星が顕れていたというような…視点のレベルの変化にあわせ、そういう鮮やかな仕掛けを見せてくれもする。

そうしたことを可能にする、一種の「完璧な冷静さ」をムーアは確かに備えていると思う。あるときは熱狂とともに物語に淫しているかのようにも見える彼だが、補稿〔1〕におけるページ別の注釈で、ある書物の中のひとつの証言を、こうまとめている。『彼女は本の中で…(中略)…私の直観が正しかったことを証明してくれた(部分的真実、噂話、まったくの嘘ばかりの泥沼の中で何かが正しいといえるかぎりにおいては)。』この冷ややかな突き放し方はどうだ。まあ、何が嘘でほんとかなんてわかるもんか、というスタンスであればこそ、逆にああして微に入り細を穿つような描写が可能なのかもしれない。そういう姿勢は補稿〔2〕のマンガでも炸裂していて、こちらはこちらで「このストーリーがいかに胡散臭い出所から生まれているか」を詳細にネタばらししていて爆笑モノであるし。

正直言って、これを三日で読むのは辛かった。と最初の感慨に立ち戻る。けれどものすごく楽しく、濃密な読書体験でもあった。何度も繰り返して読める作品だと思う。ストーリーの中身のほうに関して思うことは、19世紀のロンドンに生まれなくてマジで良かった、ということ。最初のヒーローはたぶん S. ホームズな僕だけど、ホワイトチャペルは勘弁して欲しい。あとは階級社会というものの強烈さ、そういうことをうっすらと感じた。

すばらしいです。感謝ス。
Posted by LittKidd - 2009.11.05,Thu
そういう遊び、と心得たね。
残りの半分はまぁ資金力かな。



…はいはい!負け惜しみですよサーセン!!
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