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Posted by - 2017.11.19,Sun
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Posted by LittKidd - 2008.11.26,Wed
デンマークの人で100年くらい前の人。
知識としてはまあそれくらい。目録も展覧会の説明板もほとんど読んでないが、その絵はこの身に染みました。

ハンマースホイの絵は色数に乏しい。フォルムはにじんだりぼやけていることが多く、一見なんかエッジが立ってないような感じ。だが平板な印象というようなことはなく、よく見ると何層もの光の(あくまでぼんやりとした)レイヤーが、信じられないほど微妙な明暗の奥行きを作り出しているのがわかる。彼の絵のなかでは、光という存在にこそ明確に主役の座が与えられている。色とかフォルムとか構図はそこに隷属する要素にすぎない。

ハンマースホイには大別して二種類の光の描き方がある。
その第一は、光というものの性質に反して、まるで気体か、あるときなどは粘性の高い液体のように、窓から侵入して部屋に充満してゆく、「ふくらみ」とか「重さ」を持ったように描かれる「光」だ。そこでは非常にゆったりとした「光の動き」までもが捉えられている。一定方向の動きとは限らないし、手前と奥の部屋では、その動きの「速さ」までが違っていたりする。とても現実の光をそのまま描いているとは思えない。かたちなきものをデフォルメしている、とも言えるし、空間ばかりか時間をも操作している、とも言える。

第二の光は、ハイライトだ。またこれも、いつも同じレベルの反射、なのでなく、その強弱の幅がすごい。小さな水たまりのようにビビッドで明らかなものもあれば、まるで誰かがそっと手を置いた、そのあとがぼうっと弱く輝いているようなかすかなものまで。テーブルや陶器のハイライトは強い方、手やうなじなどの肌はかすかな方、というとわかりやすい。その間に無数のレベル差が存在していて、それがモチーフのもつ質感を、あらゆる角度、浸入の度合いと深さから規定していく。一枚の絵の中に、だいたい四カ所か五カ所くらいのアクセントキーとなるハイライトがあって、それらを起点に柔らかな光のモザイクが展開してゆく、という構造、というか流れがある。

いうなれば、部屋に差し込む、光の動き、そのスピードと軌跡。それを目で追わせることに、ハンマースホイの描く光の意義がある。極端なこというと、光だけが重要なのだ。唐突だが、たとえば(こないだ見た)ワイエスはどうだろう。モデルになる姉弟だったり朽ちかけた農家だったり、木の上に置かれた義手だったり、そこには題材となるものの取捨選択があり、つまりはモチーフにドラマが求められていることがわかる。あたかも無造作に切り取られたような構図や、『松ぼっくり男爵』といった、聞けばなるほどと思わせられるタイトルなどにも同じことが言える。すなわち、絵の背景にあるものが、絵の中、もっと言うなら絵の持つ価値の中に含まれているのである。

単純に時代や作家性の違い、なのかどうかなどは、美術の知識に乏しい自分にはさっぱりわからないが、何が言いたいのかというと、ハンマースホイの絵は、そういった背景とかドラマだとかいったようなものを全く必要としていない、ということなのだ。誰もいない室内や、後ろ姿しか見せないモデル、モノトーンに近い色彩、といったものは、ほとんど意味らしい意味など持たされていないのである。そこに意味を求めすぎると、ハンマースホイの絵はとたんにつまらなくなる。「ミステリアス」で「不安さえ覚えるほどの静謐さ」みたいなものに堕してしまう。そんな「見ればわかる」ようなことを、イヤホンで音声解説か何か聞きながら(知らないけど)フンフンと「学習」している人を見てると、なんかもったいないっていうか、それは後でやればいいのに、と思ってしまう。

光の動き、そのスピードと軌跡。それを目で追い、ただ辿る、描かれた対象の表面を、光と一緒に滑ってゆく(できることなら指でなぞりたい!)。それだけのことが、恐ろしいほどスリリングで、時間を忘れるほどに、ただただ美しい。そういう認識を持って野外(湖とその湖畔の小径とかを描いた)の絵とかを見ると、その光の無方向な炸裂具合に、なんかもう頭がおかしくなりそうになる。逆に、でかいホールで暗〜い中で会合してる絵とかも、あまりにもかすかで弱々しい光源の求心力がすさまじくて、見ててクラクラしてしまう。

僕にとってハンマースホイの絵とはそういうものでした。あんなに幸福な時間は本当に久しぶりだった。
メッチャ疲れた。

ムスメが限界だったので、フェルメールはまた来週ということに。
そんな体験の後でレオナール・フジタ展のポスターとか見ると、何かの冗談ですか?って感じになる。
自分の仕事に関してもそう。なんかもう全てがバカバカしいのである。困った。
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