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Posted by LittKidd - 2008.12.11,Thu
カ・ワ・イ・イ・〜ッ!『ウォーリー』観てきた、金曜日、新宿ピカデリーで。
ウォーリー、超可愛かった。もうあの手!足!胴!ふくらはぎ〜(エバァ)。
一方で、つるんとしてぱっと見そっけないフォルムのイヴがちゃんと可愛く見えるかどうか、がけっこう心配だったのだけど、それもまったくの杞憂でした。あのLED(かどうか知らんけど)の目に映る表情の豊かさ・愛らしさ…やっぱりピクサーには、 “カワイイのプロ”((c)watanavader)がいる。

いつものように映画のことなど何も分からずに言うわけですが、ディズニー配給のピクサー最新作、巨大な資本を背景に莫大な予算と膨大な時間を費やされて生まれた『ウォーリー』は、ジャンル映画の最たるものだと思うのね。ファミリー映画だしそれ以前に教育映画じゃないとまずいし、何よりもすごくヒットしないとすごくまずい、娯楽映画の大本道を行かなきゃならないような映画でなきゃならない。だから誰も殺せないし殺されない、といった根本的なとこから始まって、その枷の多さはもうハンパないんじゃにゃいかと想像する。下ネタはだめ、残酷な描写はだめ、立体化できないキャラはだめ(オモチャが作れないから)、ある程度以上の数のキャラを作って活躍させなきゃだめ(オモチャを売るために)…何千という数に及ぶ関連商品があるんだろうし、制作に関わった人数とかもう想像もできない。言うなれば、ジャンプのマンガと一緒なわけですよ。売るためのマーケティングとその蓄積から生まれたルールというものがあって、そこから外れずにいかに良いものをつくるか、というテーマが、作品や作家なんてものよりもだいぶ以前の方ででっかく立ち聳えてるという。違うところは、マンガにはそんなにお金がかからないということ。

で、端的に言って自分が『ウォーリー』のどこに感じるのかというと、そんなシビアな背景を持ちながら、がんばってSFやってたな、というところがまず一点。ゴミに埋もれ有毒なガスの充満する地球からディアスポラして、器官をじわじわと退化させながら何世代にも渡ってコロニー内部でのみ快適に暮らしていた人類が里帰りする、ていう大枠は、まあSFとしちゃありがちではあるんだろうけど、そこをファミリー向けの大作アニメでやるということに意義がある。まあ誰のための何の意義だ、ということは脇に置いておくとして、だから教育、というもっと広い一般的な観点からみると、どんなにSFであっても、この映画は現実の社会の反映でなくてはならないわけで、そう考えるなら、あの巨大宇宙船というユートピアはちゃんとした文明批判になっていた。やだ、メタボな自分を恥じちゃいますね!ただ、そんなまとも過ぎてちょっと気恥ずかしい「表の」テーマのもう一方で、この映画は打ち捨てられた者、省みられない者が、孤独の果てに救いの光を見いだす物語でもあるわけです。正直、ここが一番いいと言わざるを得ない、自分にとって。

だって、700年ですよ。700年間、死んだ仲間の屍からパーツはぎ取って、自分以外の生あるものがどんどん動かなくなるのを見つめながら、ウォーリーは自分の仕事を黙々と果たし続けてる。ちっちゃな体が積み上げてきた、エンパイアステートビル級のゴミの塔がいくつもいくつも立ち並ぶあの風景は、ウォーリーの孤独な生活の様相を、そのまま表現するものであるわけです。いや、そんなゴミをうずたかく積み上げることになんか意味あんの?片付いてなくない?ていう疑問を、最初は俺も持ちました。でもあとで思い当たったのだけど、実はあれは、ウォーリーの仲間の仕事の、ほんの一部でしかないのではないかと。(注:以下は俺の妄想です)宇宙船コロニーで、ウォーリーの何十倍もでかい“WALL-A”ていうロボットが出てきた。ウォーリーと同じようにゴミを片付けてる。あの“WALL-A〜E(もしくはそれ以降)”というシリーズは、そもそもA〜Eでひとつの仕事をするために生産されてきた(きっと)。すなわち、地球のゴミ掃除。こまかいところのゴミをEがまとめて運ぶ、それを寄せ集めたDがCのところに運んでって…という、小→大のゴミバケツリレー。だから最終的な処理ではなくて、収拾と運搬が彼らの仕事なんですね。で、描写としては(たしか)出てこないけど、700年という間に、ウォーリーの仲間たち、A〜Dと他のEは、時間的な消耗により死に絶えてしまってしまったんじゃないかと。たまたまここまで生き残ってきてしまったウォーリーが、いくら細かいゴミを片付けても、それを運んでってくれるD〜のロボットはもういない。でもじゃあなんでその意味のない掃除をやめないかというと…そういう風にプログラムされてるから。そういう風にしか、プログラムされてないからなのです。それしか出来ないし、他にやることがないんです。

そら来た!泣き所来たーーー。いや自分でおちょくるつもりは毛頭なくて、その「そういう命令しか受けてないから」という理由でひたすら愚直に同じことをやり続けている低位労働のためのロボット、という構造がちょっとたまらない。いいんだよ、もういいんだよ!そう言ってやりたいのだけど、でもウォーリーがもうちょっと賢くて、「もういいのか」って仕事をやめて引きこもって例の古いVHS(タイトル知らないんですけど、実在の映画?)ばっかり観てたら、イヴと出会うこともなかったかも知れない。だから、意味はあったんだよ!よかったよ!と。そのイヴとの出会いが、簡単にウォーリーを変える。700年間変わらなかったロボットが、イヴという他者恋しさにロケットの外部タラップにしがみついて宇宙へと旅立つ、という荒唐無稽さは、SF以外の何者でもない。地球を皮膜のように覆うデブリの層を破って、飛び出せウォーリー。思わず天の川に手をさしのべて、機械の手に当たった星屑がキラキラとはじけ飛ぶあのシーン…もう思い出してもじんわり来ちゃいそうっす!綺麗でねえ。

描写の部分に話を移すと、消火器を使ったユーモラスな宇宙遊泳とか、地球の壮大な廃墟描写とか、見ててよだれを垂らしてしまいそうな美しい「絵」の連続です。あのレベルのCGにどれだけ手間やコストがかかるのか、といったことは門外漢の自分にとってはまったく想像の埒外なのだけど、あの描き込みの細かさ、クオリティの高さはひと目見ればそりゃ伝わります。つか、金や時間がかかっていること自体が何も素晴らしいわけじゃない、ということを端的に、逆説的に表したのが、冒頭でも触れたあのイヴの可愛さ描写でもあるわけで。つまり、子どもが絵に描けるような(←これも重要)パーツの少ないシンプルなフォルムでありながら、あれほどの豊かな表情のバリエーションを見せることができるという。それはじゃあ何なのか、というと、センスなんじゃないでしょうか。
「こーしたらカワイかんべ」「こーしたら速そうだっぺ」「強そうに見えっぺ」とか言いながら、出来るだけ少ない手数で絵を動かしてゆく、アニメーションという技法のトップ騎手たち!その技とセンスが、『ウォーリー』を「目で画を追っているだけで至福の2時間を過ごせる」映画たらしめているのだ。そうしたセンスの良さは細かい部分にまで及んでいて、たとえばウォーリーの充電終了時のビープ音はなぜかマッキントッシュの起動音と同じ(appleらしい、一見おちゃめだが姑息なやり方)なのですが、その音のくぐもってること!ぼろい機械ってことが一瞬でわかるような、古いラジカセみたいなあの音には、たとえ企業に無理なことねじ込まれても俺たちゃひと工夫してやるぜ!という情熱、というか意気込みをも感じた。

ストーリーに目をやれば、あの植物がどうしたとか環境問題に絡めた大枠の部分って実にどうでも良くって、それだけにあの辺の設定はあまり緻密じゃない気がする。まあエコっていっとけば金も集めやすいし大人ウケもいいかも、ぐらいのことでしかない感じ?ラストで、ウォーリーがあまり活躍しないのが不満だという意見がありましたが、個人的にはあれでいんじゃないかと思う。そもそもウォーリーはゴミ処理産業の一端に従事する、というかただそれだけの仕事しか担っていない、しかも700年も前の型番の古ぼけたロボットじゃないですか。とりえといったら、丈夫だっていうことくらいの。いっぽうイヴは、あれほどのロボット管理社会であれほどの破壊力を持つ兵器の所持と使用を認められた、いわば選りすぐりのエリート。そんな天と地ほどの性能差を超えたボーイミーツガールなんだ、ということが、イヴの方が活躍することで証明されるし、何より非力で、トンチンカンなことばっかりやってるウォーリーの姿が愛らしくあるためには、いくら切羽詰まってるからってあまりめざましい動きを見せてもいけないんじゃないかと。(予告編を観てても思ったんだけど、ウォーリーのイメージソースのひとつには、チャップリンが確実にいると思う)その代わり何をするかっていうと、身を挺してあそこに挟まる!バキバキいってショート起こしながら、アレを守っているウォーリーの姿は、「あれしかできない」からこそグッとくる、そういうものになり得たんじゃないかなあと思いました。

ああ、まとまんない。えーと、とにかくSFとカワイイもの好きは観ろ!
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