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Posted by - 2017.05.30,Tue
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Posted by LittKidd - 2010.01.26,Tue


やっとだ。ようやくだ。スパイク・ジョーンズってこんなに面白くてセンスが良いんですよ、変な映画撮ってて洒落乙なだけのお兄ちゃんじゃないんですよ、すごいでしょう。みたいなことを所謂世の映画好きの人たちに言えるような作品だったので、よかったよかったと嬉しく思う。

何より子どもの描写が素晴らしい。無軌道で理不尽な「手に負えない」感じがまずしっかりと描かれ、それが芯となり、かいじゅうたちにああいったかたちのパーソナリティが肉付けされ、最終的に作品のテーマそのものとなる点で、ある意味単純で楽しいだけの原作の絵本の世界を、何倍にも押し広げ、深く掘り下げたと言って良い。いやよくふくらました。

わかりやすく描かれているので書いてもさしつかえないだろうが、かいじゅうのキャロル(乱暴なやつ)はマックスの分身だ。そんな自分の「子どもの子どもたる」部分が投影されたキャロルを「手に負えないよ!」と大人と同じセリフで切り捨て、かいじゅうたちの世界に結局何の影響も及ぼせずに現実に逃げ帰らざるを得ないと思い至ることで、マックスは苦い成長を果たす。マックスがキャロルにしてあげられたのは、あの程度のことでしかなかった。

でもそうすることで、マックスは母とキャロル、それぞれの心に寄り添ったのだ。自分には限られたものしか与えることができない、という認識は、どうかして与えようと考え、行動した結果によってしか得られないものだ。そしてそれが愛だ。

本当に苦い。理想の限界を勝手に「愛だ」なんて言ってしまう、これだから大人は嫌だ。

タイトルの書き文字ほかのアートワークはジェフ・マクファトリッジね。
マイク・ミルズじゃないです。



思わず一瞬カムバック。
えっとワタクシ自身の近況といたしましては、近所のコンビニにジャンプを買いに行ったりしてます。無職の身空に寒風が冷たく沁みいる毎日です。あと大工さんの家に廃材をもらいに行って家具(テーブルとか)なんかを作ったりしてます。買うと高いんで。
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Posted by LittKidd - 2009.12.01,Tue




原題 “Waltz with Bashir"。『バシールとワルツを』で公開すると思ってた。トレイラーをのっけたエントリを去年の12月にアップしてからほぼ1年か。ようやく本編を観ることができた。

で、かなりの力作。いや傑作でした。監督自身の失われた記憶をたどるドキュメンタリーであり、1982年に実際にパレスチナの難民キャンプで起きたある虐殺事件のひとつの側面を描いた「アニメーション作品」でもある。え?なんでアニメ?って思うわけだが、観ればなるほど、ちゃんとアニメである理由はわかるようになっている。

映画監督である主人公が、当時パレスチナにいた数人の関係者にインタビューする中で、だんだん記憶を取り戻していく、という構成。スタッフは、当時の証言を広告で募集、集まったエピソードをもとに監督が脚本を起こし、それをスタジオで再構成(監督・スタッフが話者を演じた)・撮影するかたちで、まずはビデオ版を作成。音に関しては、実際の話者にスタジオで話してもらったものを録音。これらの素材から簡易アニメーション版と資金集めのためのパイロット版を作成したのち、ようやく本格的な制作に着手。アニメーターなどのスタッフの不足・資金不足に苦しみつつ、実に4年を経て完成にこぎつけたという労作でもある。(以上パンフレットによる情報から)

フラッシュアニメに特有の、動きの面でちゃちだな、と感じられる部分は正直ある。でもその一種紙芝居的なぎこちなさは、現実とおぼろげな記憶、幻想との間を往復する作品のテーマと一致するものだ。その一方で、慎重に色数を絞られた画面の色彩は、たいへんビビッドで美しく、描かれたその内容と相反して非常に効果的だ。照明弾により黄色く染められた夢と記憶の中の光景や、木漏れ陽に溢れる真昼の果樹園の描写などが印象的。「きれいだな」と感じることで、思わず、ある意味での罪悪感を覚えてしまいそうになる。

また、音楽のチョイスがすごく的確。タイトルのもとである、一人の兵士が踊るように銃を乱射するシーンにおけるショパンのピアノ曲や、主人公が休暇の際に地元の街で耳にするPILなどが耳に残る。オリジナルのスコアも作品のムードにぴったりで秀逸だ。担当はマックス・リヒターというイギリスのエレクトロな人、らしい。

現実と非現実がスクリーンの中でぐらり、と揺らぐラストは見事。このためのアニメーションだったか、と納得する。観客は、色んなことを考えながらエンドロールを観ることになる。

イスラエルとパレスチナの問題には全然明るくないのだが、それでも本作がイスラエル本国で大きな支持を受け、多数の賞を獲得していることには驚く。苦い歴史に向き合い、ある意味で自分の(国の)犯した罪を告発するような内容にも関わらず、だ。日本でもたくさんの人が観ればいいなと思う。一歩、戦争という狂気の状態に陥れば、全然他人事ではない話だからだ。むしろ普遍的な恐怖を扱っているとも言えると思う。

そういう意味でこの映画は本当にリアルだし、アニメーションという手法にもかかわらず現実と強くリンクしている、「いまの映画」。そこが面白いと思うのだ。

NYに行っちゃった(そしてアニメーターをしてるらしい)Sさんも観たかなあ。
観たよな、きっと。




http://www.waltz-wo.jp/index.html
Posted by LittKidd - 2009.11.27,Fri


ポン・ジュノってホントに性格悪いよな。ホントに。
でも面白かった。
絵作りうまいよね。
なんでもないロケーションを不吉に盛り上げる撮り方たまらん。
ばあちゃんの放り投げたマッコリのペットボトルが落下する軌跡とか、
バスの窓からみる川辺の一本の立木の不気味さ具合、すごいショット。
ミステリかと思って観てると結末は意外と拍子抜け。
まぎらわしい邦題も相まって、母と子の感動作みたいに勘違いしてきた人は
きっと多い。よくもだましたアアアア!!
悪友の人物描写が面白かった。
小さな罪をなすりつけたり金をせびるかと思えば、
預言者めいたこと言っておばさんを導くし。
事件捜査、堂に入ってるし。
黒目がちなおばさんの顔は怖いの通り越して、だんだん笑ってきてしまう。
顔といえばウォンビンは可愛い。
あのかわいらしさを余すところなく利用していて素晴らしい。

みたいな話を(してない話もある)友達(msr氏)とメールで話しました。
「マイケルのムーンウォーカーを見てきたぜ。ポーゥ!」とのこと。
Posted by LittKidd - 2009.11.02,Mon
早稲田松竹に初めて行ってみた。
シネマヴェーラ/ユーロスペースとかと違って、ゆるゆるな感じが居易くていい。新文芸坐も、池袋という土地柄のためにまったく緊張しないのだけど。でも高田馬場ってぶらぶら歩いても楽しい町ですね。学生街だし住宅街、という気易さか。古い地味な町並みを見るのが好きなので、今度はカメラ持って行こうと思った。

男の子と、女の子。そしてクイズ。シンプルで、そこがよかったなぁ。ダニー・ボイルは『トレインスポッティング』のイメージが強くあんまし得意じゃなかったのだが、これは好きだ。電話に出るとこでちょっと泣いてしまった。それとは別に、「君の葬式で歌うよ!」のひと言にも胸打たれた。非常に象徴的なセリフで、あざといのだけど、うまいし、忘れがたい。

観たあとに友人とも話したのだけど、ただひとつ。
エンディングでは、やっぱ兄貴も登場して、笑顔で歌って踊るべきじゃなかっただろうか。
なんなら兄貴の殺したヤクザたちも含め、皆が歌って踊って終わる、というのがすごく見たかった気がする。ホンモノのマサラ・ムービーというのを観たことがないので、比較対象がたけしの『座頭市』になってしまうのだけど…あのモーフィングで子役になったり戻ったり、とか踊るガダルカナル・タカ、といったよくわからない気恥ずかしさも含め、「ハッピーエンドでいいじゃない!」みたいな明るさ・開放感がもうひとつ欲しかったなあと。

そういう、敵も味方も一緒くた、死者も生者も踊ります、という風にはいかないところがなんか決定的に「アジアじゃない」感じはした。…インドはアジアじゃないか。じゃあ、いいのか。
Posted by LittKidd - 2009.11.01,Sun
両方ともだいぶ前になるがようやく観たのだった。どっちのドゥナさんも至極可愛い。

リンダは物撮りというか、文化祭やってる学校の、いわゆる熱狂とか青春ぽさとはちょっと外れたあたりのたとえば屋上だとか、部室とか階段みたいな場所の雰囲気が素晴らしい。そういうエネルギーの薄い、だが空虚とまではいかない、少し潤いを含んだ寂しさはどのロケーションにも共通していて、そうしたlowな風景の中で高校生たちが気怠くバンドの練習をやってる、という図は一見単純に今ふうの「リアルな感じ」を追求したようにも見える。

でも置いてみるとどんなにフラットにダルそうな芝居をしてても、もう体からにじみ出てくる元気さとか躍動感がすごい。若いってすばらしい。灰色のキャンバスに原色をドリッピングしてるようなもんで、ひたすらにそのドリップの動きと軌跡をビビッドにやった映画だと思います。その原色は表面には見えないんだけどね。おっさんsukebeすぎ、と言われればまあそうなんだけど、ある程度歳をとらないとこういうものの見方はできない。監督の視線に共感しました。勘違いでも別にOK。

グエムル、超絶面白かった。クローバーフィールドを面白かった、と言っていた自分をぶん殴りたい。グエムルでは怪物は全然主役じゃなく、あの一家が全員おもしろ人間だった。やっぱり戦って気絶して頭に穴開けられて殺されて、走って撃ってぶっ飛ばされてそれでも勝つ、というとこまでを描く、それが面白いってことはつまり、結局は怪物より人間の方が見てて面白いということなんだろうか。怪物そのものが面白い、という映画をまだ観たことがなくて、あでもミストは怪物そのものも相当面白かったかなあ。最後の山のようにでっかいやつとか、デザイン的に。昔の東宝映画とかにちょっと興味が出てきた。

ドゥナさんは、いい映画に出てるわ。
なんなの?選球眼?運もあるのかねえ。女優としての実力かしら。

上向いた鼻と、おっさんみたいに野太い声ですが、僕は空気人形の彼女をもう一回観に行きます。

とか書いてたらユリイカでペ・ドゥナ特集号とか出てて、なんだろ嫌な雑誌ですねアレ。読むけど。
Posted by LittKidd - 2009.10.04,Sun


きらきらとこぼれ落ちそうな光と淡い色彩の中に捉えられたペ・ドゥナが美しい。

空気人形ののぞみが心を持って生きた、と言えるのはたぶん何週間、長くても1〜2ヵ月のことだったろう。だがここには人間の一生が描かれている、と感じた。生まれて、ハイハイして口をきいて、恋をして大人になり、老いて死ぬ。それをたったそれだけのことだ、というふうに路上にぽんと放り出した、そんな物語だ。

もちろんそうした営みを数週間に凝縮することなんかできない、という向きもあるだろう。でもこの短い映画の中には、性も愛も齟齬や誤解もあり、かつ喜びや悲惨も詰まっていて、それでいてどろどろしたところが全くない。この離れ業、あり得ない透明感は、是枝監督の徹底して繊細な演出はもちろんのこと、だがやっぱりペ・ドゥナという人の持つ力に依る所が大きい。あと撮影の人も凄いと思う。綺麗だ。息を呑む。この世のものじゃねーと思う。素敵すぎる。

直接的な性描写がきつい、という意見を見たけど、あれくらいは絶対に必要だと思う。あれがあってこそ、彼女がどういうモノとして生まれてきたのか、その場所はどんな風に犯され汚されているのか、またそこから飛躍する(あるいは目を逸らす)ために、心を持った空気人形がどうその痛みを押し込めたのか、ということが鮮烈に描かれたのではと思うのです。

まあ何が言いたいのかというとペ・ドゥナのメイド姿が絶品です。
ナース服も素晴らしいです。
私服の乙女ちっくなワンピもイイです。
高校の制服姿は…『リンダリンダリンダ』で確認します。
Posted by LittKidd - 2009.09.28,Mon
でかい。そして画が綺麗。

細かいところまで隅々がクリアなのって、本当に眼福だ。視力が良い、というか相当な遠視なせいか、大抵の映画館ではピントが合ってないっていつも不満に思っている。フロントに言っても、ほとんど改善しやしねえ。そういう意味ではアイマックス最高!と思った。ちょっとね、感動しました。俺がチョイ乱視だからピンが合ってないように見えるの?というこれまでの不安が払拭されて、とっても嬉しす。

ダークナイト自体は劇場で観るのは三回目。僕の頭が悪いだけだと思うんだけど、ようやく観ながら話のスジが呑み込めた気がする。ていうか目から入る情報量が多すぎて(それでいながら画面暗いし)、今まではそれを理解するので精一杯だったんだな、ということが今回で分かった。ほんと、画面の解像度が高い、よく見えるって素晴らしい。なんでもないシーンがすごく楽しめるし、「味わえてる」感じがする。上下の視野が広がるのも、臨場感増して楽しかったです。空撮とか映えるよねぇ。あとズームとかパンで何かに寄っていくときの、あの感じ(冒頭の、手に提げた銀行強盗のマスクとか)!けっこう細かく切り替わってたけど、つながりは自然でした。

後からいろいろ情報を得て、いまの109のIMAXデジタルは昔のそれとはまったく別物(菖蒲と川崎もまた別物)、みたいなことを知るわけですが、とりあえず俺は嬉しかった。良かったもん。

あと結局『3時10分、決断のとき』を観逃してしまった。
文芸座かどこかで、ダークナイトと二本立てきぼん。
Posted by LittKidd - 2009.09.28,Mon
ワイズマンという人のドキュメンタリー。60年代の米軍の軍事演習がモチーフ。

初めて観たのだが、題材との相性が悪かったのか、久しぶりに「何もさせてもらえない」状態でいつの間にかエンドロールへ突入。早く言えば寝ちゃってた。『モデル』か『エッセネ派』を観るべきだったかなあ。

むかしとあるエッセイで、「本当に味のわかる料理人の中には、『水は、左に回したのと右に回したのとで味が違う』という人がいる」みたいな記述を読んだことがある。そこまで行くとほとんど皮肉ってるんだと思うのだが、そういう「無味の滋味」みたいなものをすくい取れる人なら、それこそ何を観ても退屈しないんだろうなと思う。

もっともそんな人には映画を観る必要すらないのかも知れないけど。
Posted by LittKidd - 2009.09.28,Mon
面白かったけど、つじつまを合わせようとしてちょっとゴタついてるところが気になった。

特にアダマンチウム鋳入を決意をするくだり、「今のままだと絶対に勝てない」ていう描写じゃないぶん、若干説得力に欠ける。ラストの記憶の無くなり方とか、セリフで解決しちゃってるしな。ちと苦しい。アクションはたいへん格好良かったのでそういうとこでひっかかってしまうのが惜しいと思った。

兄貴は良いとして、あの杖とかトランプに気を込めれる奴はもっと活躍してほしかった。すごく中途半端。続編あるんだろうけど、全体的にひきが弱い印象。結局、強い奴・悪い奴、やっつけてOK!という導線がスムーズでないせいで(オリジナルとの整合性をとるため)、後半になるほどシナリオが求心力を失っていった感じ。

ウルヴァリンもわりと格好良いのだが、同じ日にダークナイトとか観ちゃうと…どうしてもスカスカした風に見えてしまう。しょうがないか。
Posted by LittKidd - 2009.09.18,Fri
面白かった。メキシコロケって要るのか?って観る前は思ってたんだけど、全然意味があったので良かった。
オチというかラストにもうちょっと意外性が欲しかったかなとか思う。あとは、「お金かかってなさそう」と思った。でも意外にかかってるのかな。あと「修行」がもうちょっと修行らしかったら良かったなぁ。

前の『大日本人』がけっこう好きで、「これからは劇場で映画観よう」と思ったきっかけになった作品だったので、今回もわりと楽しみにしてた。ダウンタウン好きだけど、松っちゃん信者というわけでもないというレベルです。そんな僕の思う大日本人の良さは、政府の恩給みたいなので暮らしてる、その支給額がリアルなとこ(50万くらいだったっけ)とそのつましい暮らしぶり、あと微妙なエロさを醸し出していたUA。
でもけっこう非難GOGO!でしたよね。「こんなの映画じゃない。金返せ」みたいなレビューがいっぱいで、「きっと映画を知り尽くした立派な人たちなんだろうなあ。すごいですね」と(鼻とかほじりながら)思ったのを憶えてます。今回も多分そんな感じだろう。

著書を読んだことないんだけど、松本は映画詳しいんだよね?にも関わらず、「立派な映画」を撮ろうとしないとこが潔いと思う。昔から、たとえばオリジナルビデオでやってたコントとかと全然変わりない。そこが映画をレイプされてるみたいで、立派な映画ファンの人たちは気に入らないのかも。でも「映画じゃない」っつってもさ、劇場で暗くした中でスクリーンに映ったものが映画なんじゃないの?とか思うんですけど、つっこまれると反論できそうもないので思うだけにしておこう。

エンドロールで「字幕監修/チャド・マレーン」って出てたんだけど、彼はスパニッシュもいけるんかね?
Posted by LittKidd - 2009.09.07,Mon


DVDで。始めに断っておくけどすごい傑作。

フィクションにはそれぞれ、作品として持ちえた強度というものがある。それは時代によって変わったりもするし色んなものが集合して成立するのだが、その一番大きな構成要素とは、フィクションの作者自身がどこまでそのフィクションの内容を「信じているか」ということになるのじゃないか、ということを前から考えていた。スポーツや政治、多くの「勝ち負け」が存在する分野においては、それは単に精神論と呼ばれる類のものであるのかもしれない。気合いや根性だけでは勝てない、というわけで、こう言えるのはとても科学的な態度だ。だが映画や小説、マンガといった創作の世界では、「信じている」ことは精神論ではなく、むしろ構造論とさえ言えるのじゃないか。『愛のむきだし』という映画を観て、その思いを強くした。

監督自身からしたシナリオの実現度は、勝手な想像だがたぶん67%くらいだろうか。と中盤くらいまでは考えていた。序盤、カット変わりのテンポの早さや、大げさなあおりの構図などがもうテレビドラマみたいな印象で鼻白むし、主演の西島隆弘のアイドルっぽい顔や安い(この時点ではそう聞こえる)セリフ廻しで、とても最後まで観られないような予感がしたものだ。でも話が進むにつれ、そういうマイナスの要素はすべて計算に入れた上での演出なんだろうな、と思うようになる。うまく言えないが、邦画が邦画というだけで持たざるを得ない宿命的なだささを逆手に取っているような感じ。そのフォーマットに乗せる以上、滲み出るだささをいっそスパイスにしてしまえ、みたいなことが、たとえば主人公ユウのパンチラ盗撮成功の瞬間のキメ顔にズームで寄る、とかのカットに表れていると思う。それらが「わざと」なのは、後半の画作りがちゃんと映画っぽくなっていくことでもわかる。そうすることの必要性は、結局はよくわからなかった。前半と後半でトーンが違ってたり、前半が極端にコント的なスピードを意識しているあたり。

シナリオは荒唐無稽で、冒頭の「この話は実話である」という字幕が何かの冗談みたいだ。「んなアホな」という話が続々と展開するが、「事実は小説よりも奇なり」みたいなくだらないクリシェを言いたいのでないことだけは確か。じゃあ結局この映画の何が素晴らしいのかというと、監督の園子温が、この映画に最初から最後まで一貫して、実に実直であるということ、ひたすら真面目に、傷だらけでこの映画のために格闘していることが伝わる点。それが具体的に「どう」見てとれるか、を書き表す筆力が自分にはないのが残念。あと、目茶苦茶に面白い点。女子高生のパンチラ、という共通項で「片腕マシンガール」を思い出すが(というかあっちにはほとんどパンチラ自体がなかったが)、あの監督は50年逆立ちしてもこんな映画撮れないだろう。いやー面白かった。

園子温は、詩人として露出していた時のパフォーマンスが青くさくていやらしくて大ッ嫌いだったのだが、驚いた。他の作品も観てみなければならん。あと、ヨーコを演じた満島ひかりという女優。この人はすごい。本当にすごい。役者のことを「すごいなあ」って生まれて初めて思ったよ俺は。他の作品も観てみなければならん。安藤サクラは顔を見るだけで心底気持ちが悪い。この人もすごい。ということでできれば知り合い全員に観て欲しい作品だが、食べて「美味しい」ものでもなし、オーセンティックな趣味の良い人ほど拒否反応が凄そうだし、誰も観てくんないだろうな。237分もあるしね(DVDは前後編の2枚組)。

公式サイト http://www.ai-muki.com/

9/10 追記:
自分のことを変態だと思ってるひとは安易に観ないほうが良いかも。軽くうちのめされます。
Posted by LittKidd - 2009.08.29,Sat
ええっともう三週間くらい前かな?友人と一緒に観に行ったので感想。

ひと言で言えばぬるい、ということになるんだろう。OZのデザインのいかんともしがたいだささとか、バトルシーンでのカメラワークのもったりとしてポイントを押さえられていない感じとか。そういう「アニメとしての出来」、直感的な部分での鈍臭さと、「家族は大事」「力を合わせることが大事」みたいな説教くさいことを言うかと思えば、「彼氏だっていうフリをするバイト」的なオタク寄りのプロット(のパロディだけど、もはや)をちょいちょい挟み込んでくるシナリオがいびつというか、すごく中途半端な手ざわりに感じられた。

世代世代を揃えた大家族の面々、「引きこもり」や「普通」や「ひがみっ子」にそれぞれバランス良く見せ場を与えているのは、対象を広げたいという意図があるんだろう。OZというスーパーグローバルにワールドワイドな仮想社会に起因した世界の危機を、東方の小国のとある一族がこいこいという伝統はあるがほとんど廃れたウルトラローカルな競技で、世界中の人たちと力を合わせて、救う。そこになにかしらのメッセージがあるのはわかる。わかるんだけど、あの一族の人たちが全然普通じゃなくて、素直に感心できない。各界の実力者に太いパイプを持つばあちゃん、米軍に採用される最強のウィルスを開発した天才プログラマ、ネット格闘界でキングの名をほしいままにする少年ゲーマー、プラス、数学オリンピック日本代表にぎりぎりで落ちた主人公。なんかもう都合良すぎ、みたいに思わないでもない。

でもまあまあ楽しくは観られる。ヌルオタ代表の僕自身も、退屈はしなかった。サマーウォーズに意味があるとすれば、世間に「アニメはジブリだけじゃないんだ」って印象を与えることと、ライトなオタク予備軍の小中高生に「SFって楽しそう」って道を示してあげられるかもしれないこと、あと日本人の何パーセントかが「仮想社会ってこういうものか」と大雑把な理解を得ることだ、と思う。

一緒に行った友人はこのぬるさに憤っていたのだが、『時かけ』からこれだけステージ(予算)が上がって相応の収入を期待される感じになっていることを考えればこんなもんだろう、と僕は思った。
「それじゃダメじゃん」ていうのは確かに正論だ。適度に健全でわかりやすくさえあればいい、という態度は、ある意味で手を抜いてるとも言えるわけだし。でも結局、ヒットしなけりゃ次作が作れないのも映画である。よく知らないけどそういう面もあるんじゃないのか。だとしたら、仮想社会ものというテーマでこれだけわかりやすいものを作った、という点はこの作品の美点と言えるだろうとも思う。ヒットしてるのかどうかは知らないけど。

だからこそ、雑音の多くならざるを得ないシナリオには目をつぶるとして、演出とかデザインの面ではもう少し頑張ってほしかった、という所に個人的には戻る。クライマックスも計算見えすぎて全然こなかった。唐突だけど、『ポニョ』みたいな好き勝手した目茶苦茶な映画でバカみたいに金を儲けてる今の宮崎駿が、僕はけっこう好きだ。あんなの大半の人が面白がれるはずもないのに、うまく騙して「さすがジブリ」みたいに言わせてしまう。ほとんど説教強盗だし、ザ・グレート・アニメーション・スウィンドル。かなりパンクだと思う。細田さんという人が以降どうなるかわからないが、しかしこれを目指してもちょっと無理だよなあ。だってハヤオの作品はやっぱり昔から面白いもの。
(別に宮崎駿原理主義ではないんですが)

ていうのを借りたゼーガペインのサントラを聴きながら書いてます。ぜんぜん意図してなかったんだけど象徴的に好対照ですね。ロッキーチャックはむかし,CSの音楽専門チャンネルでADしてた時によく放送があって聴いてた。いいバンドなのになあ。
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